170、予想外の提案
しばらく食事に舌鼓を打ったところで、ルイシュ王子がマルティナに向かって問いかけた。
「そういえば、マルティナ嬢は霊峰探索軍に参加しないのだな」
「はい。霊峰探索については、私じゃお役に立てませんから。見た目通りに体力が全然なくて……」
全体的にこぢんまりとしているマルティナを見て、ルイシュ王子は思わずと言った様子で頷く。
「確かに……いや、しかし、マルティナ嬢の知識があれば、皆がとても助かるだろう」
少しだけ慌てた様子で誤魔化すように話を続けると、ルイシュ王子は優雅な手つきでパンを口に運んだ。
「私を評価してくださりありがとうございます。もし今後、私の力が必要だと請われれば行く可能性もあるかもしれません。まだ、現段階では分かりませんが」
「そうか」
そこで少しだけ考え込んだルイシュ王子に、今度はマルティナから問いかける。
「霊峰探索軍の創設は問題なく進んでいるのでしょうか。サディール王国の負担は大きなものだと思いますが……」
「そうだな。確かに負担は大きいが、各国の協力もあるため大きな問題は発生しないだろう。探索開始までは比較的スムーズに行きそうだ」
「それは朗報ですね」
マルティナは嬉しい話に頬が緩んだ。霊峰探索軍がスムーズに創設できて、早く霊峰探索が始められるほど、ハルカの負担を減らせる時期が早く来るかもしれないのだ。
帰還の魔法陣研究が行き詰まっている以上、せめて浄化石を早く見つけて、ハルカの負担を減らしたかった。
「これからも霊峰探索が問題なく進むよう尽力する」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
そうして何か問題が発生するどころか、とても有意義な会話が展開された昼食の席は、和やかなムードで終わりになる。
皆で席を立って食堂を出て、ルイシュ王子に別れを告げようとマルティナが王子を見上げたところで、ルイシュ王子もマルティナをじっと見下ろしていて、バチッと目が合った。
「えっと……?」
何かを言いたげたルイシュ王子にマルティナが首を傾げると、今までで一番の真剣な表情で、ルイシュ王子が言った。
「一つ私から――というよりも我が国から提案があるのだが、聞いてくれないだろうか。もしよければ、応接室などを一つ借りたい」
「私に提案ですか? ラクサリア王国にということでしょうか?」
「もちろん最終的にはラクサリア王国に対しての提案だが、マルティナ嬢に深く関わることであるため、先に話をしておきたい。聞いてもらえないか?」
これは頷いても良いのだろうか。マルティナは判断できずに、近くにいたロランを見上げた。するとロランは困惑と警戒の混じった微妙な表情だ。
「ロランさん」
小声で問いかけたマルティナに、ロランは躊躇いながらも小さく頷く。それでマルティナは申し出を受けても良いと分かり、ルイシュ王子に視線を戻した。
「分かりました。自由に使える応接室がありますので、そちらにご案内します」
「ありがとう。感謝する」
そうしてマルティナとロラン、サシャ、それからルイシュ王子とその側近と護衛の六人で、政務部官吏が自由に使える応接室の一つに入った。
向かい合う形でマルティナとルイシュ王子がソファーに腰掛けたところで、さっそくマルティナから切り出す。
「それで、提案とはなんでしょうか」
マルティナの問いかけに、ルイシュ王子は居住まいを正して真剣な表情を浮かべた。
綺麗な笑顔も美しいが、真剣な表情も凄く美しい。ルイシュ王子の顔の造形は、普通の人間とは一線を画している気がする。
マルティナがそんなことを考えていると、ルイシュ王子の口から放たれたのは予想外な提案だった。
「マルティナ嬢には、ぜひ我が国の王宮に来ていただきたいと思っている」
「私が、サディール王国に?」
「ああ、実は我が国には、霊峰に関する歴史書や研究書がたくさん眠っているのだ」
(れ、霊峰に関する歴史書や研究書!? 読みたい。読みたすぎる)
突然出てきた魅力的すぎる内容に大きく反応しそうになったが、マルティナは辛うじて体をビクッと反応させる程度で留めた。
マルティナも少しは成長しているのだ……多分。
「もちろん霊峰の研究者は何人もいて、今回の霊峰探索で力を借りようと思っているのだが、あくまでもそれは霊峰の専門家だ。しかし今回は竜の棲家と浄化石を探すという、先の見えない計画である。霊峰に関する知識だけでなく様々な知識が役に立つはずだ。そこでマルティナ嬢に我が国へと来てもらい、霊峰にまつわる書物を読んでもらいたい。そしてマルティナ嬢が現在持つ多様な知識と組み合わせて、霊峰探索への助力をしてほしい」
その願いはサディール王国の利益になるものというよりも、世界全体の利益となる話だった。しかもサディール王国で長年蓄積してきた知識を公表するも同然の話だ。
すでに霊峰探索軍を受け入れることで貢献度が急上昇したサディール王国にとっては、あまりメリットのあることとは言えないだろう。
マルティナは難しいことは何も考えずに頷きたい衝動に駆られつつ、なんとか我慢して問いかけた。
「……なぜ、そのような提案をなさるのですか? とてもありがたいことですが、貴国に利益はあるのでしょうか」
「我が国にというよりも、霊峰探索に利益があるだろう。私もマルティナ嬢やラクサリア王国、そしてハーディ王国のように、平和を取り戻すために力を尽くしたいと思っているのだ」
その言葉を聞いて、マルティナはルイシュ王子を尊敬すると共に少し心配にもなった。
確かにラクサリア王国やハーディ王国などは、自国の利益よりも全体の利益を考えて動いているが、ラクサリア王国はハルカとの関係性を良好に保つためという側面もあるし、ハーディ王国は迷いの古代遺跡の謎を解くためという目的もあったはずなのだ。
今回のルイシュ王子からの提案には、そのような自国へのメリットがほとんど感じられない。
マルティナがそんなことを考えていると、同じことを思ったらしいロランが口を挟んだ。




