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167、研究の進展

 翌日の午後。マルティナは少し手が空いたらしいラフォレと共に、還元石と浄化石を繋げる魔法陣を正確に描いたものと、その内容をマルティナなりに読み取ったものを眺めていた。


「まさか一日でここまで読み解いてしまうとは、本当に凄いことだ」

「ありがとうございます。地下研究室の書物を全て読んだことで、魔法陣に関する知識はかなり深まったんです。ただこの魔法陣は魔法陣自体を読み解けても、その内容の意味を上手く読み取りきれなくて……ラフォレ様のお力をお借りしたいです」


 マルティナの頼みに鷹揚に頷いたラフォレは、まずは魔法陣の周りにたくさん書き込んであるメモを順に見ていく。そしてそれらを全て確認すると、今度はマルティナが噛み砕いてリール語で文章化したものを読んだ。


「ふむ、確かにこれは難しいな。歴史書にも文字は読めるのに意味が読み取れない記述は存在するが、これはそれに似ている」

「そうなんです。いろんな解釈ができる部分も多くて、私には判断しきれず……」

「こういうものは正解がないからな。しかしこの魔法陣、内容の難解さだけではなく使われている文字も難しいな。私は何とか魔法陣に使われている言語を読み進めることはできるようになったが、これはマルティナのメモがなければ分からない部分も多い」


 ラフォレたち歴史研究家の面々は、マルティナがハーディ王国に行っている間に、魔法陣言語の勉強に力を入れていたのだ。


 マルティナ以外にも理解できる者を増やすべきだという考えから学んでいたが、今回地下研究室に眠っていた書物の大半がその言語で書かれていたため、さっそく知識は活躍していた。


 他国でも魔法陣言語の早急な習得は進められているようで、ルイシュ王子のように代表者自らが学んでいることも多い。特にラクサリア王宮には魔法陣に関する情報が多く集まっているため、学びやすいのだ。


「この魔法陣は、地下研究室の書物を読まなければ読み取れなかったと思います」

「やはりそうか。――私の知識や経験が役に立つのは、マルティナがリール語に翻訳したこの文章の意味を読み取ることだろう。もう少しこの文章を簡易にしていこう」

「ありがとうございます。ぜひよろしくお願いします」


 それからマルティナとラフォレは互いに意見を出し合いながら、魔法陣に関する知識やこの世界の歴史知識などを活用して、何とか魔法陣の内容をより分かりやすく噛み砕いていった。


 数時間の作業の結果、魔法陣が示している内容が少し分かってくる。


「推測も込みだが、万物の素と呼ばれているものが還元石から放出されることで、生命が生まれるということだろう。我々人間も植物も動物も、全ては万物の素によって形作られている。また万物の素は生命がその生涯を終えると、還元石の中に戻る。そして、また放出される。万物の素は還元石の中と外を循環し続けるのだな」

「そしてその循環の中で、たまに澱みが発生する。それを浄化するのが浄化石なのですね。この万物の素が形作るのは私たちの物質的な体であり、魂などとは違うのでしょうか」


 マルティナが呟くように放った問いに、ラフォレは難しい表情で考え込んだ。


「そこはよく分からないな。魂も万物の素によって形作られているのか、そもそも魂なんてものは存在しないという考え方もあるだろう?」

「確かにそうでした。そこは考えても答えが出そうにありませんね。ひとまず、私たちが触ったり見たりできる生命は全て、万物の素でできているという解釈でしょうか」

「それが無難だな」

 

 そこまで魔法陣の内容を読み解いたところで、マルティナはこの魔法陣を作った存在に思考が向いた。


 人智が及ばないような、人が触れてはならないような領域の話だ。還元石と浄化石、そして今回の魔法陣。これらを作った存在がいるとすれば――いわゆる神のような存在しか考えられない。


 もしくは固定化された存在ではなく、概念のようなものだろうか。還元石と浄化石は何かしらの現象が原因となって自然発生し、それが素となって世界が作られた?


 様々な可能性が脳内を駆け巡ったが、マルティナは早々に思考を打ち切った。


(それを考えるのは、専門家の皆さんに任せるべきだよね。私は皆さんが研究して書いてくださった研究書を読みたい!)


 マルティナの欲望はブレない。


 いずれ『世界の成り立ち』のような研究書を読めることに期待しつつ、マルティナはラフォレを見上げた。


「ラフォレ様、魔法陣の読み解きはここまででしょうか。一応報告できる内容にはなっていると思いますが」

「そうだな。これ以上は別の専門家の仕事だろう。確か言語学研究者が何人か、魔法陣言語の研究を始めたと聞いている。そちらに渡してみるのも面白いかもしれないな」

「そんな方々がいるのですね!」


 言語学という目線から魔法陣を見たら、また新たな見解や解釈が生まれるかもしれない。マルティナは大いに期待した。


(そのうち魔法陣言語に関する本もたくさん書かれるかもしれない。端から読まないと……!)


「では、現状で陛下にご報告して大陸会議にも公表し、その上で言語学の研究をしている皆さんに更なる研究を頼む形にします」

「それが良いだろう。私は魔法陣が関わる歴史についての研究は専門だが、魔法陣言語自体に対してはもっと詳しい者たちがいる」


 ラフォレのその言葉で、還元石と浄化石を繋ぐ魔法陣の読み解きは一区切りとなった。これでマルティナは、帰還の魔法陣研究に本腰を入れることになる。


「帰還の魔法陣研究は進みそうだろうか」


 魔法陣が書かれた紙を丁寧に片付け始めていたマルティナに、ラフォレが問いかけた。


「そうですね……今までよりも大きく進むことは確実なのですが、やっぱり日本という未知の世界をどう指定するのか、そこが一番の難所になりそうです」


 地下研究室にあった魔法陣に関する膨大な資料を全て読んでも、何の手掛かりもない別世界を指定して人を送還する方法は、さすがに書かれていなかったのだ。


 この世界の中であればかなり自由に転移が可能であり、別世界に関しても何かを召喚する方向ならば比較的自由に行える。


 しかし、指定したある世界のある場所に送還するのは、さすがに難しいようだった。


「私たちの先祖は、送還方法が分からぬまま召喚をしていたようだからな」


 ラフォレの言葉に、マルティナは眉間に皺を寄せてしまった。その事実が、過去の人間たちが起こした一番の罪とも言えるのだ。


 マルティナたちもよく分からぬまま藁にもすがる思いで聖女召喚に手を出してしまったため、過去の人類を強く批判することはできない。しかしマルティナたちとの決定的な違いは、過去の人類は平和で発展した社会を築いていたにもかかわらず、新たな技術の魅力に抗えずに単純な好奇心から召喚を実行してしまったことだ。


 それによって世界は蹂躙され、無数の人々の命が刈り取られ、世界は滅亡の危機に瀕した。


「何とか私たちが、その方法を見つけ出さなければいけませんね」

「そうだな。私たちは写本の整理と研究が主な仕事になっているが、帰還の魔法陣研究についてももちろん尽力する。何かあればすぐに声をかけてくれ」

「ありがとうございます」


 そうしてラフォレと今後の方針を再度確かめ合って、今日の研究時間は過ぎていった。

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― 新着の感想 ―
 ハルカはある意味いい時代、いい国に召喚されたな。
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