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166、ルイシュ王子

 サディール王国に割り当てられた客室に着いたところで、ロランが扉をノックして来訪を告げた。


 するとすぐに扉が開き、顔を出したのはルイシュ王子その人だ。


「さっそく持ってきてくれたのか。ありがとう」


 ロランよりも少し背が高いルイシュ王子を軽く見上げながら、ロランは驚いたのか僅かに目を見開いている。こういう時には側近が扉を開けるのが普通であるため、王子自らが顔を出したのであれば仕方がないだろう。


「あ、いえ、どうぞ。こちらがご所望の写本です」

「うん、読みたかったものだ。急がせて悪かった。私はしばらくしたら霊峰探索軍の関係で一度国に戻るから、その前に読んでおきたかったんだ」

「そうなのですね。では、またご要望があればいつでも仰ってください」

「そうするよ」


 そうしてロランとの会話が終わったルイシュ王子は、ロランがその場を辞する挨拶を始める前に、マルティナに向けて笑いかけた。


「マルティナ嬢はすでにこの本を読んだと聞いたが、どうだっただろう?」

「えっと……そちらの本はとても興味深かったです。魔法陣によって生活がどう変化したのか、網羅的にまとめられております」


 地下研究室にあった本は魔法陣に関する情報が大半だったが、その全てが魔法陣そのものについてまとめられているものではなく、むしろそれによって社会がどう変化したのかなど、歴史書の面が強いものが多かったのだ。


「特に二百ページ以降の食文化に与えた影響についてが、とても興味深いものでした。差し出がましいかもしれませんが、できればリストの二十一番の写本と合わせて読まれると、より楽しいかと思います!」


 途中でテンションが上がってしまったマルティナの言葉に、ルイシュ王子は気を悪くした様子はなかった。むしろ親しみのこもった笑顔で、マルティナとの会話を盛り上げる。


「貴重な情報をありがとう。では二十一番の写本も借りることにしよう」

「かしこまりましたっ。昼食後、すぐにお持ちしますね!」


 マルティナの中でルイシュ王子は本好き認定された。


「ありがとう。楽しみにしている。……マルティナ嬢の本好きは噂になっていたが、私が思っていた以上のようだ。他国の本も好きなのだろうか」

「もちろんです……! 本ならなんでも大好きです。なんでも読みます」


 そんなマルティナの返答に満足そうに頷いたルイシュ王子は、話を切り上げるように居住まいを正す。


「では、本に関することは君に聞くことにしよう。今日はありがとう。助かった」

「い、いえ。では失礼いたします」


 そうしてサディール王国の客室の扉は閉められ、マルティナたち三人はその場を後にした。


 しばらく歩いて食堂まであと少しというところで、ロランが僅かに眉間に皺を寄せて呟く。


「なんか、さっきのルイシュ王子、ちょっと含みがなかったか?」

「え、そうでしたか? 本がお好きなとってもいい王子様だったと思います!」

「いや、マルティナは相手が本好きなら目が狂うから当てにならない」


 バサッと切り捨てたロランにマルティナが少し不満を露にしていると、ロランはサシャに視線を向ける。


「サシャはどう思……」


 問いかけようとしたが、ロランは途中で言葉を止めた。サシャの視線が、完全に食堂の入り口へと向かっていたからだろう。


「今日は唐揚げっすかね。まだこの距離からだと確定できませんが、揚げ物は確実っす! あと何だか魚の香りがするような……」


 サシャの意識は、完全に昼食に向いていた。


 本と食べ物というそれぞれが大好きなものに夢中な二人に、ロランは大きなため息を吐く。


「はぁ、お前らなぁ……まあいいか。とりあえず昼飯を食べよう。腹が減った」

「俺もめちゃくちゃ減ったっす!!」


 とても反応が良いサシャである。


「そうですね。早くお昼ご飯を食べて、ルイシュ王子のところに追加の写本を持っていかないといけませんから」

「貸し出し手続きは俺がするから、一緒に届けるぞ」

「はい。ありがとうございます」


 そうして三人は食堂に入り、ちょうど時間が合ったナディア、シルヴァンの二人と共に食事を楽しんだ。


 マルティナが楽しく語ったルイシュ王子の話には、ナディアとシルヴァンもロランと同じように少しだけ警戒していたが、二人はどちらかと言えばマルティナの暴走を心配している色が強い。


「他国の王子に迷惑をかけるのは絶対に避けるように。また本が好きと言っても、マルティナほどの執着を持つ者はほとんどいないということをきちんと理解しておけ。それから本が好きだからと言って、それが全員善人とは限らない。むしろ本が好きな者の中にも悪人はいるのだ。マルティナはどこか、本が好きな者は無条件で信頼できると思っている節があると前から懸念していた。もちろんルイシュ王子を疑っているというわけではなく、これは一般論として――」


 たまに発生する、マルティナが心配だからこその、シルヴァンの小言だ。マルティナはそんなシルヴァンの話を聞きながら、嬉しさを隠せずにニコニコとしていた。


「……マルティナ、聞いているか?」

「もちろんです。シルヴァンさん、優しいなと思ってました」

「なっ、今の話でなぜそのような結論になるのだ! やはり何も聞いていないのではないか!?」


 褒められて照れたのか耳が赤いシルヴァンの言葉に、今度はナディアが口を開く。


「わたくしもシルヴァンはマルティナに甘いと思うわ。マルティナを甘やかすのはわたくしの役目なのに」

「全く甘やかしてなどいないが!?」

「シルヴァン、うるさいぞ」


 ロランに注意されて、また叫ぼうとしたシルヴァンはかろうじて口を閉じた。そして拗ねたような、納得できないような表情で、いつもより雑に煮込み肉を口に運ぶ。


「少し悔しいけれど、シルヴァンの言っていたことは大切よ。マルティナは狙われやすい立場なのだから、気をつけてね」

「うん、ちゃんと気をつけるよ。心配してくれてありがとう」


 マルティナの返答にナディアが柔らかい微笑みを浮かべたところで、ルイシュ王子に関する話は終わりとなった。また別の話が盛り上がり始めたところで、ロランがポツリと呟く。


「何かを企んでるような気がしたのは、気のせいだったのか……」


 その言葉は誰の耳にも入らず、食堂の喧騒に掻き消された。


 それからも楽しく食事の時間は進み、昼食後には予定通り、マルティナとロラン、サシャの三人で新たな写本を手にルイシュ王子の下へ向かった。


 ルイシュ王子は昼食前と同じように客室から顔を出して写本を受け取り、マルティナたちは普通に感謝されただけだ。


 特に何の問題も発生せず、午後の仕事に戻った。

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