164、研究再開!
大陸会議で霊峰探索軍の創設が決まってから、王宮内は何かと慌ただしくなっていた。特に騎士団はかなり忙しくなっているようで、その余波は政務部にも及んでいる。
「俺の同期たちもかなり忙しそうっすよ〜」
マルティナは護衛のサシャと共に、王宮図書館の書庫に向かいながら、和やかに雑談を楽しんでいた。
マルティナは今日から王宮図書館の書庫で行っている研究業務に復帰するのだ。もちろんラフォレら、歴史研究家の面々も一緒である。
「やっぱりそうなのですね。ロランさん、ナディア、シルヴァンさんも朝から慌ただしかったです」
三人は聖女や瘴気溜まり、魔法陣などに関する業務を今まで担当してきたため、霊峰探索軍の創設に関する雑務の中心メンバーとなり、今はとても忙しいのだ。
本当であればマルティナもそちらに参加するのだが、マルティナは還元石と浄化石を繋ぐ魔法陣の解析や、地下研究室で得た知識を元に帰還の魔法陣研究などやることがたくさんあるため、官吏の仕事からは少し距離を取っていた。
(政務部で働くのも楽しかったから、ちょっとだけ寂しいけど……全部こなすには時間が足りないから仕方ないよね。私は私にできることを頑張ろう)
マルティナはグッと拳に力を入れて、気合を入れた。
「そういえば、マルティナさんは霊峰探索には参加しないんすか?」
「今のところは参加の予定はないですね」
もちろんマルティナがいることで、未知の場所である霊峰内で遭遇した魔物の種類や弱点がすぐに分かったり、危険な植物や虫などが判断できたり、霊峰内で迷う可能性が下げられたり、メリットはたくさんある。
しかし、霊峰という場所がどれほど危険なのかまだ分からない現状では、マルティナの派遣という話は全く進んでいなかった。
マルティナに体力が全くなく、探索においては完全な足手纏いである。という理由も関係しているが。
「これから霊峰探索に苦戦して、私が役に立てそうならお声がかかるかもしれません。もしそうなったら、サシャさんも一緒に来てくれますか?」
「もちろんっすよ! 俺が守るんで安心してくださいっす!」
ニカッと太陽のような明るい笑みを浮かべたサシャに、マルティナも笑顔になる。
「サシャさん、ありがとうございます」
ニコニコと笑い合う二人の平和な様子に、廊下ですれ違う官吏たちの頬が緩んでいた。
そうして二人は王宮図書館に到着し、マルティナは書庫に足を踏み入れた。そこにはすでにラフォレをはじめとした、歴史研究家の面々が集まっている。
皆はとても忙しそうで、書庫の中には本が積み上がっていた。
その理由は――。
「地下研究室にあった書物の写本、全てここに運び込まれたんですね。やっぱり膨大な量ですね……」
そう、大陸会議へと提供された写本の管理が、ここで研究していた歴史研究家の面々に託されたのだ。管理と共に研究も依頼されており、皆の瞳はやる気に輝いている。
「マルティナか。まさかこんなにも貴重な書物が地下に眠っていたとは。とても凄いことだ!」
ラフォレが興奮の面持ちでそう告げた。
「私も最初に見つけたときには大興奮でした」
「よく発見したな。さすがマルティナだ」
「いえ、他の皆さんのお力あっての発見でしたから。ただラクサリア王国での管理と研究が認められたことには、少し驚きましたね」
原本はハーディ王国にあり、すべての本はリスト化されて、そのリストは各国それぞれが所有している。さらに各国が願った場合には、速やかにその本を提示しなければならない。
そんな条件の元であるが、大陸会議の場で正式に写本の管理と研究がラクサリア王国に認められたのだ。
マルティナがすでに全てを記憶しているというのも、ラクサリア王国に任せるという判断の一因となったのだろう。
「私としては本当にありがたいことだな。これからさらに忙しくなりそうだ」
「また研究を頑張りましょう。私は還元石と浄化石を繋ぐ魔法陣と、帰還の魔法陣。この二つの研究をメインに、写本の整理なども手伝いますね」
「ああ、私たちもマルティナの研究をできる限り手助けしよう」
「ありがとうございます」
そうしてラフォレと話をして、他の歴史研究家の面々とも挨拶をしたところで、マルティナはさっそく仕事に取り組むことにした。
まずはやはり、還元石と浄化石を繋ぐ魔法陣の解析からだ。
ただこちらは、あまり苦労せずに全容を把握することが可能だろうと、マルティナは考えていた。地下研究室で魔法陣に関する新たな知識をたくさん得ることができたため、本腰を入れて読み解こうとしなくても、結構な部分を理解できていたのだ。
「よいしょ」
マルティナは魔法陣を描いておいた大きな紙をテーブルに広げ、その全容を改めて見つめる。そしてすでに理解できている部分から、その意味をペンで書き込んでいった。
(やっぱりこの魔法陣は、還元石と浄化石の効果や、この世界の構造、成り立ちのようなものを表してるみたい。ただ魔法陣が読み解けないっていうよりも、文章が難しくて抽象的で、意味が読み取れない部分が結構あるね)
この魔法陣は人間が読み解いても良いものなのか。マルティナは少しだけ不安になりつつ、読み進めていった。
目の前に読めるものがあるのに、その読解をやめるという選択肢はマルティナにはないのだ。
(あっ、ここは解釈を間違えてたかも。こっちの内容を加味すると……)
魔法陣の読み解きに没頭したマルティナは、もちろんお昼だからと自ら中断することはなく、ロランに肩を掴んで体ごと揺さぶられたことでハッと我に返る。
「マルティナ、昼食の時間だ」