163、別れと友達
大陸会議が終わった後。マルティナがホールの片付けをしながら還元石と浄化石を繋ぐ魔法陣を脳内に思い描いていると、近くから声をかけられた。
「マルティナ」
振り向くと、そこにいたのはアレットだ。
「アレットさん。どうしたんですか?」
「いや、ちょっと挨拶をと思ってね。今回の古代遺跡探索は昨日の検証で完全に終わりになっただろう? もちろんこの後は霊峰探索になるけど、探検家のあたしはそっちには参加しないからね。また別の仕事をすることになる」
アレットが探索するのは遺跡であり、人の手が入っていない霊峰という自然は、あまり得意分野ではないのだ。今回の霊峰探索は騎士団が主導することに決定したこともあり、探検家のアレットはメンバーに入っていなかった。
「そうなのですね。では、またしばらくはお会いできないでしょうか……」
マルティナが眉を下げながらそう告げると、アレットはカラッと笑ってマルティナの背中を叩く。
「悲しんでくれるなんて嬉しいねぇ〜。いつでも会えるっていうのは難しいかもしれないけど、あたしは一応国に所属してる探検家だからね。何かあったら連絡してくれれば、すぐにまた助けるよ。そうじゃなくても、手紙のやり取りもできるしね」
そんなアレットの言葉に、マルティナの瞳には光が戻った。
「そう、ですね。では連絡します!」
「楽しみにしてるよ」
アレットはマルティナに挨拶をしたら、ロラン、サシャ、シルヴァン、ナディアと他の皆にも挨拶して回って、どこか達成感を抱いているような背中でホールを出ていった。
「寂しいか?」
アレットの後ろ姿を見送っていたら、近くにいたロランに問いかけられる。
「……はい。アレットさんって一緒にいるだけで気持ちが明るくなりませんか? なんだかアレットさんがいないと、少し周りが静かな気がして」
「確かになぁ。ただ俺としては、ちょっと暑苦しすぎるのと強引なところが……」
そう言って遠い目をしたロランに、マルティナが笑う。
「ふふっ、ロランさんはアレットさんに振り回されてることが結構ありましたよね」
「あの人なりの愛情だとは分かってるんだけどな」
「愛情……」
マルティナがついその言葉を繰り返すと、ロランは少しだけ慌てて言った。
「あ、別に変な意味じゃないからな? あの人にとって俺は弄りやすい弟? みたいな感じだろ。あったとして親愛だろうな」
「そう、ですよね。仲が良くて羨ましいな……と、ちょっとだけ思ってました」
小さめな声で呟いたマルティナに、ロランが気恥ずかしそうな表情を浮かべて、人差し指でポリポリと頬を掻いた。
そして少し躊躇いながら、口を開く。
「俺は、マルティナとも同じぐらい……いや、それ以上に仲良くなれてると思ってるけどな。ほら、俺たち一緒にいる時間長いだろ? あ、もちろんサシャもだぜ」
照れ隠しか近くでマルティナの護衛として働いていたサシャの肩に腕を回したロランを見て、マルティナはなんだか嬉しくなって自然と笑みが浮かんだ。
「そうですね。私もお二人と仲良しになれてると思ってます!」
「よく分かんないっすけど、嬉しいっす〜」
サシャの緩い返事にマルティナとロランが顔を見合わせて笑っていると、そこにナディアがやってきた。
「聞き捨てならない会話が聞こえたのだけれど、マルティナと一番の友達なのはわたくしよ」
「ナディア〜!」
なんの躊躇いもなく断言してくれるナディアの存在が嬉しすぎて、マルティナはナディアに抱きつく。いつでも良い匂いがするナディアに抱きつくと、なんだか気持ちが落ち着いた。
「はいはい。分かってるよ」
ロランは完全に苦笑いだ。
「おい、お前たち。サボっていたらいつまでも終わらないだろう? 口ではなく手を動かしてくれ」
話が盛り上がっていたマルティナたちの下に、シルヴァンからのお叱りの声が届いた。シルヴァンの言葉は尤もであるのだが、素直に輪には入れないがこちらを気にしている様子にマルティナが気づき、少し声を張って伝える。
「シルヴァンさんとも仲の良い友達だと思っています!」
「俺もそう思ってるぜ。シルヴァン、俺の腕に飛び込んできていいぞ〜」
ふざけた様子で両腕を広げたロランに、シルヴァンはさらに眉を吊り上げた。しかし、僅かに緩んだ口元が隠せていない。
「と、飛び込むわけがないだろう! それに友人というよりも、私たちの関係性は同僚という側面が強く……」
ぶつぶつと呟いているシルヴァンの下に、マルティナたち全員が向かった。
「少しサボっちゃってごめんなさい。早く片付けを終わらせましょう」
「そうだな。腹が減ってきた」
「俺もっす!!」
「本日の夕食は何かしら」
「――ステーキが食べたい気分だ」
皆で夕食のメニューを予想しながらの片付けは、大変さよりも楽しさが勝っていた。そんな中でマルティナは、遠い地で頑張っているハルカを想う。
(ハルカも美味しいご飯食べてるかな。また会いたいなぁ)
ホールにある大きな窓から見える空は、茜色に染まっていた。