159、ラクサリア王国に帰還!
マルティナたちがラクサリア王国に戻ると、その翌日にはさっそく大陸会議が開かれることになった。進行役は、変わらず宰相のロートレックだ。
「それでは大陸会議を始めます。今回は皆さんもご存知の通り、ハーディ王国にあった迷いの古代遺跡の探索結果に関する報告会議です。ではハーディ王国のサーフェルン殿下、よろしくお願いいたします」
「分かりました」
椅子から立ち上がったサーフェルンは、今回の探索について重要な点を余すところなく説明した。迷いの古代遺跡によって守られていた研究所や、その中にあった貴重な情報も全てだ。
会議に出席しているマルティナやアレットの意見も時折り聞きながら、分かりやすくまとめていく。
そんなサーフェルンの話が終わった時には、会議室内に痛いほどの沈黙が満ちていた。あまりにも衝撃が大きく激動の過去に、誰もが素直に飲み込めないのだろう。
しかしそんな中でも、ラクサリア王国の国王は一番に口を開いた。
「――貴国の協力に敬意を評したい。ハーディ王国の尽力によって、世界が平和へと大きく近づくだろう。そして、あまりの情報の多さに混乱するが……まずすべきことは、保管されていた菱形の宝石が本当に浄化石であるかの確認だろうか。この確認は、我が国内にある露出した還元石を使うことですぐにでも可能だろう」
現状では還元石が地上に現れている場所はラクサリア王国にしかないため、この言葉には誰からも反対意見は出ない。
「我が国は賛成だ」
「私もよ。本当に浄化石なのか、浄化石ならば本来あるべき場所に戻った時に何が起きるのか、色々と確かめなければ」
「そうだな。そして菱形の宝石が本当に浄化石だった場合は、霊峰の探索か」
ある王子が呟いた言葉に、また沈黙が場を支配した。霊峰というのは人の手が入っていない場所で、麓を探索するだけでも骨の折れる仕事なのだ。
そんな霊峰に入り、どこにあるのかも分からない竜の棲家だった場所を探すというのは、途方もない作業になるのはほぼ確実だった。
さらにもう一つの懸念があり――。
「竜というのは、もう死んでいるわよね?」
一人の王女が発した問いに、誰もが口を噤んだ。さすがに生きていないだろうと思っても、それを裏付ける証拠はないのだ。
異界から来て世界を蹂躙したような存在が、自分たちの常識に当てはめられるわけがないことは、皆が分かっていた。
しかし、自分に言い聞かせるように数人が口を開く。
「さすがにもう、死んでるだろう。瀕死だったって話の上に、もうずっと昔の話だ」
「生きてるわけが、ない。だって二千年も前の話なんだろう?」
「ああ、俺もそう思う」
「私も、その意見に賛成だ」
誰もが竜は死んでいると口を揃えるが、どこか不安げな表情だった。しかし霊峰のどこかに、世界を救う浄化石があるかもしれないのだ。少しの懸念で霊峰の探索を止めるなどあり得ない。
不安感を掻き消すように、一人の男がある提案をした。
「霊峰を探索するのであれば、各国から騎士たちを集めて大きな軍としよう。霊峰探索軍などはどうだ?」
「それは良いな。浄化石が少しずつ見つかった場合に備え、優先順位も決めておこう。もちろんハーディ王国が最優先で浄化石を得るということに関して、異論はない」
浄化石の優先権というハーディ王国の要求は、どの国からも反論なく受け入れられている。それほどにハーディ王国の貢献度が高いことを、皆が理解していたのだ。
「また提供した戦力の大きさだったり、軍が活動するのに必要な物資の提供量によって、優先度を決めよう」
「ああ、それで良い」
「できる限り、早めに動き出したいな。各国の騎士を集めるとなると、かなり時間がかかる」
そうして不安感を追いやるように、大陸会議は霊峰探索に向けて早急に動き出す方針で決まっていった。
「では今回手に入った菱形の宝石が本当に浄化石であることが確認され次第、霊峰探索軍の編成に向けて動くことにしよう。まずは浄化石の確認だが、そちらはラクサリア王国に任せても問題ないのだろうか」
ある国の王子がラクサリア国王に問いかけ、国王はすぐに頷く。
「ああ、我が国で確認しよう。すぐに確認のための人員を集める」
そうして今後の方針が定まったところで、ホール内の空気が少し緩んだ。そこで国王は、もう一つの議題を口にする。
「最後に、魔法陣という技術の扱い方についても決めておきたいと考えている。今回判明した事実によると、世界が危機に陥った根本原因は召喚魔法陣であり、つまり魔法陣という技術は扱い方によっては危険なものであるということだが……皆の意見を聞きたい。ちなみに我が国としては積極的に研究・発展させていく上で、その使用について厳しい制限を設けたいと考えている」
国王の意見表明を聞いて、各国の代表者たちは難しい表情で考え込んだ。しかし次第に、ラクサリア王国の方針に賛成する国が増えていく。
「我が国もその方針に同意する。もし完全に破棄できるのであればそれでも良いのかもしれないが、歴史を見てもそれは難しいだろう。ならば管理する方が良い」
「私もそれに同意ですわ。とても便利な技術になるだろうことは確かです。ならばそれを上手く活用しましょう」
「ただ異界からの召喚については、これからは全面的に禁止としたいな。ただの転移魔法陣についても、厳重に管理したい。決まりを破った際の罰則はかなり重く設定しよう」
そうして魔法陣という技術について、管理を徹底した上で危険のないもの、皆に利益があるものから使っていく方針で決定となった。
またハルカのために帰還の魔法陣を研究することに関しては、例外的に転移や異界についての研究も認められる。
今後について建設的な話し合いが進み、今回の大陸会議は終了だ。
会議後に片付けを行うためホールに残ったマルティナたちは、皆へのお披露目のために置いていた浄化石らしい綺麗な宝石を見上げていた。
「まずは、この宝石の確認からだな」
ロランの言葉にマルティナが頷く。
「はい。還元石の近くに台座のような白い宝石がもう一つあったので、そこに嵌めてみてどうなるのかですね……」
「浄化石の確認には、誰が向かうことになるのかしら。わたくしも同行したいわ」
ナディアの言葉に、少し離れた場所で書類の整理をしていたシルヴァンが口を開いた。
「さっき聞いたが、さまざまな記録のために官吏も同行することになるらしい。希望を出せば行けるのではないか?」
「あら、そうなのね。ではすぐに希望しなくては。シルヴァンも行くでしょう?」
「……一応希望は出す予定だ」
少しだけ躊躇ってから小さな声でそう言ったシルヴァンに、皆が微笑ましい笑みを浮かべる。
「一緒に行けたらいいね。私はもうメンバーに入ってるらしくて」
マルティナは先程の大陸会議が終わってすぐ、国王に呼ばれて浄化石の確認を中心となって行うよう命じられたのだ。
したがって、護衛であるロランとサシャも共に向かう。
「マルティナは当たり前よ。宝石を戻したことで何が起こるのか、何も起こらないのか……少し怖いけれど楽しみだわ」
「うん。それにしても確認はできる限り早くって話だし、また忙しくなりそうかな……」
少し寂しそうな表情でそう呟いたマルティナの顔を、近くにいたロランが覗き込んだ。
「もしかして、あんなに本を読んだのにまだ読みたいのか?」
「うっ……バレました? いや、ラクサリア王国にやっと帰ってきたので、王宮図書館の本を読みたいな〜って、ちょっと思ってたんです。ただ、しばらくお預けになりそうなので……」
「お前は本当に凄いな……あんなに読んでたじゃないか」
呆れた表情のロランに、サシャも信じられない表情を浮かべていた。
「俺はずっと本を読んでたマルティナさんを見てただけで、もう本はしばらく見たくない気分っすよ?」
「え、本当ですか!? それは大変申し訳ないことを……」
自分のせいでサシャが本嫌いになってしまう可能性に、マルティナは慌てた。
「えっと、これから本を読むときは、本だと分からないように工夫しましょうか? いや、そうじゃなくて、比較的安全な場所でならサシャさんと隣で一緒に本を読めば……」
よく分からない解決方法を口にし始めたマルティナのことを、シルヴァンの言葉が止めた。
「早く片付けなければ、いつまでも終わらないぞ。まずは手を動かしてくれ」
「確かにそうね」
「それもそうだな」
「すみません……すぐに仕事をします!」
シルヴァンの指摘に皆が素直に頷き、片付けの仕事へと戻る。
まだまだ忙しい日々が続き、問題の全てが解決する日は遠いだろう。しかし今回の遠征で有益な情報が多く手に入り、未来への希望の光がより強くなったことで、皆の表情は明るかった。
♢
霊峰の頂上にあるカルデラ湖には、菱形の巨石が無造作に転がっていた。その数は数えきれないほどで、力を失ったような巨石には苔が生え、蔦が巻き付いている。
そしてそんな巨石に埋もれるような形で寝そべっているのは――巨大な竜だ。
竜は一見すると死んでいるように見えるが、その体は朽ちていなく、全身を覆う美しい鱗にもまだ生命力が残っていた。近づいてみると……本当にゆっくりと、ほんの僅かに体が上下している。
深く眠っている竜の体は時折りビクッと大きく動き、閉じている瞼もピクピクと反応を示した。目覚めの時が近いことを感じさせるような竜の様子に、気づいている者は誰もいなかった。
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蒼井美紗