154、ゴーレム
マルティナがちょうど立っていた場所が特に大きく揺れて、マルティナはその場で倒れそうになった。そこをロランに抱えられ、なんとか避難に成功する。
そしてサシャが二人の前に立って戦闘態勢を整えたところで――ボコッと、地面が大きく盛り上がった。
「皆さん下がってくださいっす!」
サシャの声に慌てて皆が動き出し、他の騎士たちも戦闘態勢を取る。マルティナはロランが安全を確認したところで、地面に下ろされた。
「ロランさん、ありがとうございました。びっくりしました……」
「ああ、怪我はないか?」
「大丈夫です」
「それにしても、あれはなんだ……?」
ロランの言葉に従ってさっきまでマルティナが立っていた場所に視線を向けると……盛り上がった土が、何かの形に変化していくようだった。
その様子を呆然と眺めていると、ハルカがマルティナの隣に戻ってくる。フィルヴァルトは私兵たちによって守られているようだ。
「マルティナ大丈夫!?」
「うん、大丈夫だよ。それよりも何が起こるんだろう」
「マルティナはこの現象を知らないの?」
「えっと……」
必死に目の前で起きている現象と脳内にある知識を照らし合わせていると、もう少し変化が進んだところでハッと気づいた。
「もしかしてこれ、ゴーレム?」
マルティナの呟きを拾ったロランが、大きめの声で問いかけた。
「ゴーレムってなんだ?」
「詳細は分かりませんが、いくつかの歴史書や物語などに出てきた兵器のようなものです。土や砂、石、鉱石などを主原料として形作られ、なんらかの形で命令に従って動くんです。空想上の存在だと思っていましたが、目の前にいるのがそれに凄く似てて……」
(もしかしてゴーレムって、魔法陣によって形作られ、操れるものだったりするのかな。過去には普通に存在していて、一部の歴史書や物語にだけその存在が残されたとか? もしそうなら――)
「皆さん、これはゴーレムという兵器である可能性があります! さっきの振動で地下の研究所に仕掛けられていたなんらかの防御魔法陣が作動し、こうして生み出されているのかもしれません!」
ただの推測だが、今は少しでも情報が必要だと考え、マルティナは思いついたことを叫んだ。今まで迷いの古代遺跡を探索してきた上で、そのぐらいの魔法陣を設置することは、遺跡が作られた過去ならば容易だっただろう。
「つまりこいつは、研究所を守るために俺たちを排除しようとするってことっすか!?」
「そうかもしれません! ただ、確証はありません!」
サシャの叫ぶような問いかけにマルティナが答え、その会話を聞いていたフィルヴァルトが悲痛な声を上げた。
「わ、私はこんな化け物を呼び出そうとしたわけじゃないんだ! ただ皆を助けようと……!」
そこまで叫んだところで、フィルヴァルトは私兵の一人によって退場させられる。
「マルティナ、倒し方は分かるか!」
皆に聞かせようと声を張ったロランの問いかけに、マルティナは顎に手を当てて考え込んだ。
「それが、ゴーレムは出てくる物語や歴史書によって記述がまちまちなんです。その材質などにも大きな決まりはなく、こいつが何でできているのか見た目ではさすがに判断が難しくて……ただ倒し方の定石は、関節を狙って動けなくすることです!」
マルティナがそう叫んだ直後、少しずつ姿がはっきりとしていたゴーレムが完全体になった。人の二倍以上はある体高を持ち、四角く大きな体など人との違いはあるものの、手などは詳細に人間へと寄せられていた。
足は踏み潰されたら即死と思えるほどに大きく、その体全体は濁ったような赤色だ。
どちらに目があるのか、視覚情報に頼っているのかすら分からない四角い顔をぐるりと動かすと、大きな腕を振り上げて――目にも留まらぬ速さで振り下ろした。
ドンッッッ!!
腹に響くような爆音と共に、地面が揺れた。研究所があるのとは逆方向に地面には亀裂が入り、大量の瓦礫が飛ぶ。
「うわっ」
「逃げろ!」
そのあまりの威力に呆然としそうになるが、そうしている余裕もない。皆は逃げ惑った。
そんな中で、マルティナが叫ぶ。
「予想が正しければ、ゴーレムは研究所を傷つけることはありません! 戦えない人は研究所の近くへ! ただ中に入ろうとすると一番に排除される恐れもあるため、あくまでも範囲攻撃に巻き込まれない程度に思ってください!」
その言葉によって探検家たちが研究所へと走る中、騎士たちは一斉に攻撃を開始していた。
様々な属性の魔法がゴーレムに向かって飛んでいき、その全てが着弾する。ゴーレムは力が強いようだが、素早さはないらしい。
「全部当たったぞ!」
「倒せたか?」
土煙や魔法の余波で悪かった視界が晴れると――そこにいたのは、無傷のゴーレムだった。ゴーレムはまたさっきと同じように腕を振り上げて、ブンッと風を切る音を響かせながら地面を殴る。
「全く効いてないぞ!」
「おいっ、さすがにそれはないだろう!」
「次は関節だっ、関節を狙え!」
今度は肩や足を狙って魔法が放たれたが、やはり全てが着弾してもゴーレムにダメージはなかった。剣で攻撃を試みても、弾かれてしまうだけだ。
信じられない防御力を持つゴーレムに皆が半ば呆然としていると、マルティナの横にいたハルカがよく通る声で告げる。
「次はわたしが!」
その声かけと同時にハルカの指先から、ヒュンッと光線が放たれた。今まではどんな魔物にも効果があった、ハルカの得意技だ。
誰もがこれはさすがに効くだろうと、そう高を括りながら攻撃を喰らったゴーレムの様子を見ていると……光線がぶつかった肩あたりには、僅かに焦げたような跡があるだけだった。