151、眠っていた研究室
土魔法使いの騎士たちが総力を上げて土壁が崩れないように補強し、さらに底まで下りられるよう数段の階段を作った。
「できました」
「じゃあ、最初は俺が行こう」
例えそこまで深くない場所とはいえ、未知の領域へ足を踏み入れるのは命懸けであり、ギードは調査団のリーダーとしてその役割に立候補したのだろう。
しかし期待から鼻の穴が膨らんでいて、かっこよさも半減だった。
しかし誰も指摘せず、階段に足をかけたギードを固唾を飲んで見守る。
「階段はしっかりとしているな。変な匂い等もしないし、体調も悪くならない」
底に着いてからその場でしゃがみ込みいくつか確認したギードは、まだ上にいる皆に声をかけた。
「問題なさそうだ」
そこでアレットとハルカ、マルティナ、そして二人の側近や護衛がギードと同じ場所まで下りる。入り口らしき場所の周囲は、この人数が下りても少し余裕がある程度に広げられていた。
マルティナが中心となって魔法陣を覗き込むと……マルティナは、その内容が一目で分かる。
「これ、入り口です」
興奮を抑え込みながらストレートにそう告げると、周りにいた皆も色めき立った。
「本当か!」
叫んだギードに、マルティナは僅かに震えながら頷く。
「は、はい。取手がない代わりにこの魔法陣があり、魔力を少し流すと、この色違い部分が上に持ち上がるようになっているようです」
「で、では、さっそく、魔力を流してみるか……?」
求めていた貴重な情報、そして迷いの古代遺跡が守ってきたものが手の届くところまできて、ギードの声も僅かに震えていた。
マルティナもすでに声を出すのも大変なほど緊張と期待に胸がいっぱいで、何度も頷く。アレット、ハルカ、ロラン、サシャ、ソフィアン、フローランと一人ずつ頷き合い、魔法陣を起動させてみることに決まった。
「じゃあ、俺がやるっす」
この場にいる魔法の使えるメンバーで無難な属性であり、新しい魔法陣に魔力を流すことへの躊躇を必要としない身分であるサシャが立候補し、皆が固唾を飲んで見守った。
サシャが手を伸ばし、魔力を流し込んだ瞬間。魔法陣がピカッと軽く光った。するとゴゴゴゴゴ……と重低音を響かせながら、色違いの場所がゆっくりと持ち上がる。
光を灯す魔道具を持っていたギードが中を照らすように手を伸ばし、皆で緊張しながら覗き込むと――。
そこに広がっていたのは、まさに研究室と呼べるような部屋だった。
「本っ、本が、たくさんあります!!」
興奮しすぎて上手く言えていないマルティナの肩を、ハルカが掴んで落ち着かせる。しかしそれも仕方がないのだ。地下に広がる研究室には大きな本棚があり、そこに入りきらないほどの本が存在していたのだから。
この場所にある地下遺跡……というよりも地下研究室は、事前に魔法陣を読み解いたことによって想定していた通りの大きさだった。
その大きさ全てで一室となっていて、中には相当貴重だろう本や資料のようなものがたくさん詰まっている。椅子とテーブルも設置されていて、その上にはペンのようなものやメモ用紙に見えるものも散乱していた。
魔法陣で保護されていたからか、かなり綺麗な状況を保っている。
そしてそんな研究室の一番奥には……隅に追いやられるようにして還元石と全く同じ大きさと形に見える菱形の宝石が鎮座しており、その隣には大きな石碑が置かれていた。
上から見ただけですぐに分かるほど貴重な場所の発見に、しばらく誰も口を開けない。
少しして、アレットが沈黙を破った。
「下に、下りてみよう。人数は厳選して、慎重に」
その言葉に皆が頷き、誰が下りるかの会議となった。まずマルティナはその記憶力を買われて一番に選ばれ、その護衛としてロランも一緒に行くことになった。
そして探検家からはアレットとギードの二人で揉めに揉めたが、最終的にハーディ王国の遺跡だということでギードの勝利だ。
最後にどうしても下りてみたいとお願いしたハルカが、皆が下りてから何も起きなければという条件で、ソフィアンより許可された。
さすがにソフィアンまで共に下りることはできず、ハルカの付き添いは護衛としてフローランだ。
選ばれた五人の中で、まずはギードから研究所の中に足を踏み入れることになった。
「じゃあ、行ってくる」
極度の興奮と緊張が入り混じった様子のギードは、入り口から下まで垂れ下がっている梯子に足を掛ける。グイグイと強度を確認してから、全体重を乗せた。
「問題なく使えるみたいだ」
その言葉に安心しながら、マルティナは慎重に下りていくギードを見守る。すると数十秒でギードは研究室内に下り立ち、問題ないことを示すようにハンドサインで丸を作った。
「大丈夫みたいです」
そこからはロラン、マルティナ、フローラン、ハルカという順番で研究室内に入る。研究室の中は、僅かに古書の香りがした。
すーはーとマルティナはその香りを存分に楽しんで、うっとりと自分を抱きしめる。
(私は今、世界で一番幸せかも……!)
現代の誰もが読んだことのない本を目の前にして、マルティナの理性が切れかかっていた。そこを現実に連れ戻すのは、もちろん慣れているロランだ。
「マルティナ、まずはあの石碑から読んでみるべきじゃないか? いかにも最初に読めって存在感あるだろ」
その言葉で、マルティナの意識は石碑に向かった。マルティナは本が大好きだが、それは文字として情報を記録してくれている主要な媒体だからであり、他の形でも文字と情報があればマルティナにとっては本と変わらないのだ。
「確かにそうですね」
「マルティナはあの石碑、読めるの?」
一足先に石碑に近づいていたハルカに問いかけられ、マルティナは大きく頷いた。
「うん、なんとか読めそうだよ。これは魔法陣に使われる言語とほぼ同じみたいだから」
その言葉に大きな反応を見せたのは、悔しそうなギードだ。
「俺は読めないな……魔法陣について学びたいぜ」
唸るようにそう呟いたギードを横目に、マルティナは石碑に刻まれた文章が始まる場所に足を止めた。
「では、訳していきますね」
「ああ、頼む」