147、重大な気づき
お茶をおかわりして話し続けること数時間。気づいたら夕方となっていた。マルティナたちはアレットたち調査団が帰ったという報告を聞き、慌てて長すぎるお茶会をお開きにする。
「私はアレットさんたちから調査結果をもらってきます」
「あっ、じゃあわたしも一緒に行っていい? あの地図に書き加えるってことだよね?」
「そうだよ。皆さんを紹介するって言ったし、一緒に行こうか」
結局ハルカが行くならとソフィアンとフローランも行くことになり、マルティナと護衛の二人、そしてナディアとシルヴァンも合わせた全員で会議室に向かうことになった。
会議室のドアをノックして中に入ると、そこにはすでにアレットやギードたちが待っていた。皆はいつも通りソファーから立ち上がって簡単な礼をして……その途中で、ピタッと動きを止める。
皆の視線の先は、もちろんハルカだ。
ハルカの顔は知らないかもしれないが、その服装がまさに聖女であると示しているので、一目で分かるのだろう。
「皆さん、紹介しますね。聖女であるハルカで、私の友達でもあります。今回は浄化の旅で近くに来たようで、少し休息も兼ねて寄ってくれました」
皆が固まっている間にマルティナがハルカを紹介すると、それによって一斉にアレットたちが動き出した。
「驚いたよ〜……聖女様って、呼べばいいのかな。あたしはアレット。ラクサリア王国の探検家で、マルティナたちと一緒に調査に来てる。この国を救ってくれて、本当にありがとう」
まず口を開いたのは、ハルカを前にして一番自然体を保っているアレットだ。
「アレットさんですね。わたしはハルカです。できれば名前で呼んでください。聖女って称号は慣れなくて」
「そうなんだね。じゃあハルカ様、よろしくね」
「はい。よろしくお願いします!」
「お、俺は、ギードと言います。よ、よろしくお願い、いたします……!」
次に口を開いたのはギードだったが、ギードは面白いぐらいに緊張していた。もはや何を言っているのか聞き取るのが精一杯だ。
しかしハルカはニコッと笑みを浮かべ、ギードに優しく答える。
「ギードさん、よろしくお願いします。もっと砕けた口調で大丈夫ですよ」
「は、はい……!」
それからも皆が順に挨拶をしたところで、やっと少し落ち着きを取り戻したギードや、そんなギードを面白そうに見ていたアレットから、マルティナは今日の成果を受け取った。
「これが今日進めた部分の地図だ。今日は転移魔法陣に引っ掛からなかった」
「多分今日のあたしたちが進んだ場所は、重要なポイントな気がするんだよね。今まで以上に通路がぐるぐる入り組んでて、小さな行き止まりもたくさんあったから」
そんな言葉に頷きながら、いくつかの地図を順番に見ていく。そして全てを記憶したところで、脳内にある地図に情報を付け加えた。
すると――マルティナは、衝撃的な事実に気づいた。
「え、これって……まさか」
そう呟いたまま固まるマルティナに焦れたのか、ロランが問いかける。
「なんだ? 何か分かったのか?」
声を掛けられてハッと現実に意識が向き、マルティナは慌ててペンを手に取った。そして大きなテーブルに広げていた迷いの古代遺跡内の地図に、今日の調査結果を迷わず書き加えていく。
必死に手を動かすこと十分ほどで、少しだけ細部が明らかになった遺跡内の地図が現れた。ただ他の皆にはマルティナがどこに驚いているのか分からないようで、ひたすら地図を見ながら首を傾げる。
「この地図に、重大な何かが隠されているのか?」
シルヴァンの問いかけに、マルティナはある一点を指差した。そこは今日、アレットたちが探索した複雑な部分だ。
「ここをよく見てください。この曲線の入り混じり方とこの部分の形。これ――――魔法陣、かもしれません」
魔法陣は発する効果によって描かれた模様も書き込まれた文字も異なるが、ほとんどの魔法陣に共通の部分も存在するのだ。
マルティナが今指さしているのは、まさにその部分だった。そして地図上でその模様がある場所が、地図全体が魔法陣だと仮定した時に、完璧な場所なのだ。
「え、どういうこと? この地図全体が魔法陣ってこと?」
ハルカの問いかけに、マルティナはゆっくりと首を縦に振る。
「この地図を魔法陣と仮定してみると、この場所の曲線や、ここにある不自然に短い行き止まりの直線、それからここの円形の通路など、全てに納得がいくんです。先ほど述べたものは全部、魔法陣の模様と一致します」
マルティナの言葉がやけに響き、会議室内を沈黙が支配した。その沈黙を破ったのは、マルティナの言葉を理解するにつれてじわじわと興奮を露わにしていたアレットだ。
「これは凄い発見だよ!! この遺跡全体が魔法陣だなんて……何を示してるんだい!?」
おでこが付きそうなほど前のめりで問いかけられ、マルティナは慌てて両手を横に振った。
「まだこの情報だけじゃ分かりません。もう少し地図が埋まらないと」
「じゃあ、真っ先に埋めて欲しいところを教えて欲しい。そこを優先的に探索するよ!」
「確かにその方が効率的ですね。ではこの辺りと、それからこちらの端。また中心部の……」
それからは魔法陣を読み解くにあたって大切だろう場所をマルティナが設定し、それをアレットたちに共有した。これで今までのしらみ潰しよりは、少し効率的に探索が進むだろう。
「もう、今から遺跡に戻りたいよ……!」
アレットの言葉に探検家たちは全員が同意したが、必死にマルティナたちが押し留めた。探索は体力勝負なのだから、休息は重要だ。
「明日の朝一で行ってください。そのためにも、今夜は早く休んだ方がいいと思います」
「まあ、そうだよね……仕方ないね。今すぐご飯を食べてお風呂に入って寝るよ!」
「おおっ!」
「そうしよう!」
そうして慌ただしくアレットたちが会議室を出ていき、残ったマルティナたちは、改めて冷静に地図の考察を始めた。
まず口を開いたのはナディアだ。
「遺跡全体が魔法陣であるならば、遺跡に入った時点で魔法陣が発動しているのではないの? 他の魔法陣のように勝手に魔力を取られると考えるのが自然でしょうし」
ナディアの指摘は尤もだ。マルティナもそこが一番気になり、必死に今まで遺跡に入った時のことを思い返していた。
しかし何か魔法陣による変化が起きたような記憶はない。少なくとも、遺跡内にいて実感できる変化でないことは確かだろう。
「そうなんだよね。でも入り口の広場では変化を感じたことがないから、奥で何かが起きてるのか……」
そこまで口にしたマルティナは、誰もいないような場所で人が入る度に何かが起きていたとして、それに意味はあるのかと考えた。
少なくとも、入ってきた人を惑わすような、トラップ系の魔法陣でないことは確かだ。
「奥には貴重な情報が眠ってるんだよね? それに関係する何かかな」
ハルカの言葉にマルティナは頷く。
「その可能性はあるかもね。例えばその情報やあるとされる巨石を保護するような効果とか」
自分で言って、なんだか納得できた。そう考えるのが一番自然だろう。そしてそう考えると、魔法陣にはその情報や巨石が眠る場所が記されている可能性が高い。場所や物の指定をしなければ、魔法陣の効果を与えられないのだから。
「これは、全容解明にかなり近づいてるかも」
期待と緊張の入り混じった表情で告げたマルティナに、他の皆も真剣な表情で頷く。
「これからの探索に期待しつつ、俺たちもできる限りサポートしよう」
ロランの言葉に皆で顔を見合わせ、決意を確かめ合った。