144、嬉しい訪問者!
迷いの古代遺跡の探索方針が定まり、約一週間が経過した。この一週間でアレットたち奥に向かえる組は、ひたすら魔力を減らしての探索を続けた。
それによって分かったことは、まず奥にはほとんど転移魔法陣がないということだ。今まで判明しているのは三ヶ所だけなので、マルティナ不在でもなんとかおおまかな位置を把握することはできた。
しかしそんな朗報とは裏腹に、新たな事実は何も判明していない。というのもほとんどの通路が結局行き止まりだったり、同じ場所をぐるぐると回るだけだったりと、どこにも辿り着けないのだ。
「貴重な情報は、どこに眠ってるんでしょうか……」
マルティナはアレットたちが作成してくれた地図を脳内でまとめて描き起こしたものを、大きなテーブルの上に広げていた。
現在マルティナがいるのは、迷いの古代遺跡にほど近い街にある代官邸の一室だ。
すでに転移魔法陣の効果範囲の検証は終わっていて、おそらく転移魔法陣の発動が目視できる者全てが転移対象だと分かったため、もう遺跡ですべきことがないのだ。
今は代官邸に留まり、皆が必死に集めてくれた情報の精査を担当している。
「全く分からんな。というよりも、この遺跡はなんなのだ? なぜこんなに行き止まりを作る必要がある」
眉間に皺を寄せて呟いたのはシルヴァンだ。この遺跡はおそらく貴重な情報を隠すためにこんな作りになっているのだが、無駄なことが好きではないシルヴァンは納得できない様子だった。
「だから、撹乱のためなのよ。何度も言っているでしょう?」
呆れたナディアの言葉に、ロランも苦笑しつつ告げる。
「そうだぞシルヴァン。こういうものに合理性を求めちゃダメだろ」
「いや、しかし。それにしても無駄ではないか? 例えばこの行き止まりなど、こちらの通路からすぐに分かるものだ。なぜすぐに分かる行き止まりを作るのだ? それに貴重な情報を隠したいのであれば、迷うように作るよりも、物理的に辿り着けないようにすべきだろう?」
シルヴァンがさらに言葉を重ねると、サシャが納得するように頷く。
「確かにそう言われると、そうも思えるっすね〜」
「サシャ、お前流されるなよ?」
そんな皆の会話を聞いて、マルティナも僅かに違和感を覚えていた。
(確かにここまで複雑に作る必要があるのかな……それに通路に曲線が多いのも少し引っかかる。作りやすさを考えたら、直線と曲がり角を駆使して複雑にする方が楽じゃないのかな)
一向に把握できない迷いの古代遺跡の全容に、皆が頭を悩ませながら地図を覗き込んでいると――。
コンコンッ。
部屋のドアがノックされた。しかし扉の向こうの誰かは名乗らないので不思議に思い、マルティナが恐る恐る声をかけると……。
「どなたでしょうか……?」
ガチャッ。扉が勢いよく開き、満面の笑みを浮かべた人物が入ってきた。
「マルティナ!」
その人物とは、ハルカだ。
「……え!? ハルカ!?」
マルティナは驚愕に一瞬だけ固まったが、すぐに嬉しさが勝ってハルカのところに駆け出した。ハルカもマルティナの下に向かい、二人は手を取り合って喜ぶ。
「どうしたの? なんでここに?」
「ふふっ、驚いた? ちょうど浄化の旅で近くに来てたから、ちょっとした休息も兼ねてマルティナのところに寄ったの。代官さんにはちゃんと話を通したよ。聖女のわたしなら問題ないって入れてもらえちゃった」
「そうだったんだ。ハルカ、久しぶりだね。元気だった? 会えて嬉しい!」
慌てて少し早口で伝えたマルティナに、ハルカは嬉しそうに笑いながら伝える。
「そんなに焦らなくても大丈夫だよ。ここには一週間ぐらいいられるから」
「え、そんなにいられるの?」
「うん。ソフィアンさんにちょっと無理を言っちゃったけどね」
そう言って笑ったハルカが後ろを振り返ったところで、マルティナたちはソフィアンやフローランもいることに気づいた。
「あ、ソフィアン様、フローラン様、お久しぶりです。すぐにご挨拶できなくてすみません」
慌てて頭を下げたマルティナに従って他の皆も頭を下げると、ソフィアンは鷹揚に首を横に振る。
「気にしなくて良いよ。今の私はハルカの付き添いのようなものだからね。それよりもハルカと話してあげてほしい。浄化の旅では、周りにむさ苦しい男ばかりだから」
その言葉にマルティナは、ソフィアンとフローランほどむさ苦しいって言葉が似合わない男性はいないんじゃと思ったが、余計な突っ込みはせずに頷いた。
「はい。ありがとうございます」
他の皆もハルカとの再会を喜び、少し落ち着いたところで、ハルカの視線がテーブルの上に広がっていた地図に移る。
「これは迷いの古代遺跡の全体図?」
「そうだよ。今のところ分かってる範囲だけだけどね」
「随分と入り組んでるんだね……」
そう言って地図をじっと見つめるハルカの頬は、みるみるうちに緩んでいき、そのうち誰が見てもハルカが笑っているのが分かるようになった。
何がそんなに楽しいのだろうと、マルティナはハルカの顔を覗き込む。
「何か分かったの?」
「あっ、ごめん。そうじゃないんだけど……こういう地図って日本にあったゲームって遊びに出てくる宝の地図みたいで、ちょっと楽しくなっちゃって。私も中に入ってみたいな」
ワクワクが隠せていないハルカの様子に、マルティナはアレットの姿を見た。
「ハルカって、遺跡探検家の皆と話が合いそう」
「探検家の皆さん! 話してみたいかも!」
「夕方ごろにはここに戻ってくるはずだから、紹介するね」
「本当? ありがとう」
嬉しそうなハルカを見て自分もなんだか楽しくなってきたマルティナは、部屋にある時計に目を向けた。するとちょうどお昼時だ。
「まずは一緒にお昼を食べない? ハルカたちの分も準備してもらえるか聞いてくるよ」
「うん。実はお腹ぺこぺこなの。早くこの街に着きたくて、昨夜泊まった村を早朝に出ちゃったから」
イタズラな笑みを浮かべたハルカに、マルティナたち全員の空気が緩む。
そうしてハルカとの再会を果たした皆は、代官邸の食堂へと向かった。




