140、その頃ハルカは
フィルヴァルトが迷いの古代遺跡に向かうことを考えている頃。浄化の旅を続けていたハルカの下に、一通の手紙が届いた。
それは……。
「わぁ、マルティナからですね!」
迷いの古代遺跡に向かう前に、マルティナがハーディ王国の王都から出していた手紙だ。探索の最中にハルカの力が必要になったら助力を願う予定だったこともあり、すでにハルカは迷いの古代遺跡のことも、そこにマルティナたちが来ることも知っていた。
しかし浄化の旅が忙しいため、マルティナたちに会うため王都に帰ったりすることはできなかったのだ。
「マルティナたちは無事ハーディ王国に来ているのだね」
ソフィアンの言葉に、ハルカは満面の笑みで頷く。
「そうみたいです。この手紙を出した時に、迷いの古代遺跡に向かって出立したようですね」
「では、もう着いている頃かな」
近況やハルカへの心配、激励などがびっしりと書かれた手紙をもう一度読み直して、ハルカは頬を緩めながらソフィアンに問いかけた。
「迷いの古代遺跡の探索は、さすがのマルティナでもすぐに終わることはないでしょうか」
「そうだね……話に聞いた限りでは今まで誰もその全容を把握できなかったようだし、マルティナでも難しいはずだ。少なくとも数日や一週間などで結果が出るようなことではないだろう」
「では、少しだけ寄り道してマルティナたちのところに行ってもいいですか?」
ハルカの浄化の旅は、これからマルティナたちがいる街に近いところへ向かう予定なのだ。少しだけ大回りをすれば、マルティナたちが滞在している街に寄ることもできる。
ハルカの問いかけでその事実を思い出したらしいソフィアンは、少しだけ悩む様子を見せてから、にっこりと笑みを浮かべた。その笑みは完璧なものというよりも、苦笑が混じったようなものだ。
「少しぐらいは息抜きも必要だと思うよ」
「そうですよね! では……」
「ハーディ王国側に話をしてみるよ」
浄化の旅の行程については、基本的にはハルカたちに付き従っているハーディ王国の騎士団がその決定権を持っているため、すぐに相談できる。
何か大きな変化を伴う場合は王宮に尋ねる必要があるが、少しの日程変更ぐらいならば、現場の騎士たちが判断できるのだ。
「ありがとうございます! できれば数日ほど滞在して、探索の手助けもしたいです。迷いの古代遺跡なんて興味を惹かれる場所、凄く入ってみたくて……!」
ハルカの脳内には、ファンタジー小説でよくあるダンジョンのような場所が思い描かれていた。
(宝箱とかあるのかな。全容を把握できないってことは、遺跡自体が動いてて通路が時間と共に変化してたり?)
ワクワクと迷いの古代遺跡について考えるハルカは、とても楽しそうな笑顔だ。この世界に来た当初から見ると明るく素を出してくれるようになったハルカに、ソフィアンは優しく微笑む。
「では、それを目標に交渉しようか」
「よろしくお願いします。わたしはマルティナに手紙でも……」
そう言いかけたハルカは、ピタッと言葉を止めた。それを不思議に思ったのかソフィアンがハルカの顔を覗き込むように少し首を傾げたところで、ハルカの口角が楽しそうに持ち上がる。
「やっぱり手紙はやめておきます。突然行って、マルティナたちを驚かせましょう」
ちょっとしたイタズラを思いついたハルカに、ソフィアンは今度こそ完全な苦笑いだ。それまで真面目な表情で護衛に徹していたフローランも、僅かに頬を緩めた。
「ハルカは意外とそういう部分があるね」
「うふふ、乙女にはいろんな顔があるんですよ?」
「ははっ、ハルカからそんな言葉を聞くとは」
「この前読んだ本にそんなセリフがあったんです」
マルティナほどではないにしろ本好きなハルカは、ハーディ王国に入ってからも、時間を見つけては本を読んでいたのだ。
中にはマルティナがまだ読んだことのない本もあり、そのことを伝えたら、マルティナは羨ましさに震えるかもしれない。
「ハルカが少しでもこの世界を楽しんでくれていて嬉しいよ」
「はい。わたしはもう、この世界が凄く好きですよ」
そう言ったハルカをソフィアンは眩しそうに見つめ、すぐにいつも通りの笑みを浮かべた。
「私たちが向かうことがマルティナたちにバレないよう、こっそり交渉しよう。せっかくならサプライズは成功させないとね」
「ソフィアンさん……ありがとうございます!」
そうしてハルカたち聖女一行は、浄化の旅の途中でこっそりマルティナたちのところへ寄ることになった。