136、マルティナとロラン
意気揚々と先頭を行くアレットは、凄く楽しそうな笑顔だ。事前情報を仕入れずに探索を楽しみたいという思いで、必要最低限以上の情報を意図的に遮断していたアレットは、熱心に遺跡の様子を確認する。
そんなアレットのすぐ後ろに続くのは、ギードたち探検家だ。そしてハーディ王国の騎士たち、マルティナたち、ラクサリア王国の騎士たちと続く。
通路は広いので、横に広がってあまり距離を取らないようにし、何かあった時には誰がどこにでも駆けつけられる配置だ。
「アレットさん、相当楽しそうだな」
呆れたような表情で言ったロランに、サシャも口を開いた。
「かなり楽しそうっす」
マルティナもその意見に反論はない。
「本当に遺跡探索が好きなんですね。とても頼もしいです」
「確かに、頼もしいのは確かだな。あの様子じゃ魔物の方が可哀想な感じに……」
ロランがそう呟いた直後、通路の曲がり角から魔物が姿を現した。カドゥール伯爵領の瘴気溜まりから大量発生していたアント系魔物のうちの一つ、スモールアントだ。
騎士たちが一斉に戦闘態勢に入り、緊張感が辺りを満たしたところで――。
ドンッ、ズシャッ。
アレットがスモールアントを回し蹴りで吹き飛ばし、腰に差していた片手剣を抜いて頭をまっすぐ貫いた。スモールアントは姿を現しただけで、何もせずに息絶える。
「うわっ! こいつの体液で遺跡が……っ、水魔法を使える人がいたらここに魔法を!」
皆があまりの早技に呆然としているのなんて気にせず、アレットは遺跡の汚れだけを気にしていた。
「わ、私が使えます」
「本当か! ありがとね!」
体液を水魔法で流している様子を確認しながら、マルティナはポツリと呟く。
「本当に、強いのですね。思っていた何倍も強そうです」
「ああ、俺も最初は驚いた。遺跡には魔物が棲みついてることも多いから、強くなきゃやってけないんだそうだ」
「そうですよね……」
一番強さを要求される職業は騎士だと思いがちだが、騎士は集団で行動するのが基本だ。個の強さよりも集団での強さを重視する。
そのため個人の強さだけをみると、騎士よりも強い者は稀にいるのだ。特にアレットたちのような、強くなければすぐに命が刈り取られてしまう仕事をしている者には。
「アレットさんと本気で戦ってみたいっすね! 魔法なしなら負けそうっす」
「それほどですか?」
「俺なんて魔法がなかったら一瞬で負けるな。魔法があっても早さについていけるかどうか」
サシャとロランがそう言って少し悔しそうにしているのを見て、マルティナは元気を出してもらおうとグッと拳を握りしめた。
「大丈夫です。お二人とも私よりもずっと強いですから!」
少し目を大きくして口角をグッと上げたマルティナに、サシャとロランは顔を見合わせ、同時に吹き出した。
「ははっ、ありがとな」
「でも護衛の俺たちがマルティナさんより弱かったら大変っす」
「そもそも、マルティナよりも弱いやつがあんまりいないからな〜」
真実を述べたロランに、その通りだと思いつつ、マルティナは僅かに膨れっ面をしてしまう。
「確かに、そうですが……」
「ごめんごめん。マルティナも最近、ちょっとだけ運動してるんだもんな」
そう言ってマルティナの頭を軽くポンッと叩いたロランに、マルティナは自信満々に告げた。
「はい! 自分の部屋で本を読むときに、読みながら歩き回ったりスクワットしてるんです」
「それは……本を読みながらじゃなきゃダメなんすか?」
「だって、そうじゃないと本を読む時間が減っちゃうんです」
自分の運動不足と体力のなさを分かっているマルティナだが、読書時間を減らすのは論外なのだ。そこで編み出したのは、読書をしながらの運動。
(これなら本を読みながら運動不足を解消できる。最高の方法だよね!)
本に夢中でほぼ立っているだけのことも多く、効果があるのか定かではないが、マルティナは満足していた。
「ロランさん、運動の効果、最近は出てますよね……」
ロランに同意を求めようと視線を動かすと、ロランは自分の右手をじっと見つめて何やら考え込んでいる。
「どうしたんですか?」
話を中断して問いかけると、ロランが少し言いにくそうに口を開いた。
「いや、今ちょっと思ったんだが……頭を撫でるの、やめた方がいいか?」
「え?」
何の話か分からず、マルティナは首を傾げる。
「いや、ほら、さっきも俺、無意識にマルティナの頭撫でてたなって。なんか位置がいい感じのところにあって、つい妹みたいな感じでやっちゃうんだが……お前は部下で同僚、そして仲間だもんな」
ロランの中で何か心境の変化でもあったのか、マルティナの反応を窺うように少し不安な表情をしていた。そんなロランに、マルティナは微妙な反応しか返せない。
というのも、今まで意識したことすらなかったのだ。マルティナは子供に混じって遊ぶよりも大人の輪にいることが多く、頭を撫でられるのなんて日常茶飯事だった。
「えっと……私は何も気にしないのですが、ロランさんが気にするならやめる方向にしますか?」
「俺の気持ち次第なのか? いや、でもこんな話してまたやるのも変だし、やめるか」
なんだか生温いような、少しだけ恥ずかしいような、微妙な話題と空気感で話は進み、とりあえずやめる方向で決まった。
しかしマルティナはなんとなくロランが遠くなった気がして、ある提案をする。
「頭だから、ロランさんが変に考えちゃうんじゃないですか? ほら、背中とか肩ならいくらでも叩いてくれていいですよ。あ、ハイタッチとかも」
自分でも不思議なほど代案を提案する口が止まらず、それを聞いたロランは楽しそうに破顔すると、マルティナの背中を強めに叩いた。
「よしっ、これからはこれでいくか!」
「ちょっ、ロランさん!? 今のはちょっと強いです!」
「そのぐらいの方が気合い入るだろ。今回の仕事はお前の力が不可欠だからな」
そう言われると確かに気合は入ったので、マルティナは曖昧に頷く。
「まあ、確かに」
そんな二人を見て、サシャはニコニコと楽しそうに笑っていた。
「お二人が仲良くて何よりっす!」
そうして三人……というよりもマルティナとロランが戯れているところに、アレットの声が投げられた。