135、遺跡の中へ
遠くまで見渡せるような草原の中に、石造りの建造物が見える。しかしその建造物は草木に侵食されて、かなり崩れているようだ。
いくつか大きな柱が残っているが、建物として今でも使えそうなものはない。近づくと瓦礫が散乱していて、そこにも生命力の強い雑草が侵食していた。
ぐるりと見回すと確かに広いが、崩れていることで全容を把握するのはそこまで難しくない。
「これは随分と古いね〜。でもこれなら、一千年近く前ってことは確実じゃないのかい? まあここまで古いと、それよりももっと古いのか、もう少し新しいのか判断が難しいけど」
アレットは遺跡から作られた年代を判断するのが得意なのだ。その正確な指摘にギードは少し驚いた様子を見せたが、すぐに地面を指差した。
「上だけならそうなんだ。ただ地下はもっと新しく見える。結局、どっちが正しいのか分からないって形だな」
迷いの古代遺跡の本体は、地下にあるのだ。地上部分は飾りのようなもので、ほとんど意味をなしていない。
「地下の方が圧倒的に広いだろうと推測されてるのですよね。入り口はどこにあるのですか?」
キョロキョロと辺りを見回すマルティナの問いかけに、ギードは小さな建物の跡地らしき場所に向かった。そして、ところどころ割れている床の端を指差す。
「あそこだ。あの階段を下りると、地下にある遺跡に入れる」
その言葉に従って皆で階段の周りに集まると、人が二、三人は一気に降りられる程度の広さである階段は、とても暗くて先はよく見えなかった。
「まずは光を付けよう」
魔道具で光源を確保して、ハーディ王国の一人の騎士が中を照らすように手を伸ばす。
「なんだか、少し不気味ですね」
騎士のその言葉に、ギードが笑いながら騎士の背中を軽く叩いた。
「ははっ、騎士のくせに怖がりだな。この遺跡は大丈夫だ。中はかなり綺麗で広いからな。十年以上ぶりってことで有毒ガスなどが溜まってないか専門家の調査が入ったし、何の問題もないと結果が出てる」
「こんなに上は古くて崩れてるのに、中は綺麗で広いなんて面白いね」
口角を上げたアレットの言葉に、ギードも高揚が隠しきれないような表情で階段に足をかけた。
「見ると感動するぞ。とにかく皆で下りよう。実際に見るのが一番早い」
「そうだね。魔物や動物はいるんだっけ?」
「もちろんいるさ。ただこの階段を通れる大きさまでだけどな」
そうしてマルティナたち調査団は、全員で迷いの古代遺跡の地下に足を踏み入れた。
先頭は気が急いているギードやアレットたち探検家で、その後ろに慌ててハーディ王国の騎士たちが続く。そしてその後にマルティナとロラン、サシャ。最後に入ったのがラクサリア王国の騎士たちだ。
階段を最後まで下りると、そこに広がっていたのは――巨大な空間だった。
ギードが言うように地下はかなり綺麗な状態のまま保たれていて、壁面に刻まれている装飾なども、ほとんどがそのまま残っている。壁だけでなく床も天井も全てに石造りの巨大なタイルのようなものが敷き詰められていて、これを作るのにどれほどの労力と技術が詰め込まれたのかと、感動する光景だ。
しかしそのタイルの上には長い年月で少しずつ砂や土などが入り込み、特に隅の方には植物が育っている。そしてそんな広い空間のど真ん中には、大きな池があった。
「とても綺麗な、澄んだ池ですね」
覗き込むと、底まで難なく目視することができる。かなり深い池だ。
「ああ、この池も調査されたんだが、結局はただの池ってことになってる。なんでここまで澄んだ状態で保ってるのかは謎だ」
「特殊な微生物が生息しているのでは、なんて考察もありましたね」
「そういえば、そんなことを言ってた研究者がいたな」
マルティナが読んだ本には様々な考察が載っていたが、その全てが説の証明には至っていなかった。遺跡内の他の事象についても、ほぼ全てが同様だ。
落ちないよう池を覗き込むと、底には色々と沈んでいるものがある。まず一番に目に付くのは、何かの生物の骨だ。この遺跡に迷い込んで池に落ち、息絶えた魔物や動物が骨になったのだろう。
そして、少しだが水中植物も育っていた。またお皿に見えるものなど、明らかな人工物も散見されて、それらは以前ここを探索していた者たちの落とし物だろう。
「奥に繋がる通路はこっちだ」
ギードの声掛けで皆が池から顔を上げ、最初の広い空間――広場の奥に視線を向けた。そこには、通路への入り口が五つある。
どれも大きな違いはなく、奥の様子は暗くて窺えないようだ。
「この五つのうちどの通路に入ってどう進んでも、最終的にはこの広場に戻ってしまうのですね」
マルティナの現状確認に、ギードは頷いた。
「その通りだ。進み方によって広場に戻ってくるまでの時間はまちまちだが、一時間から数時間ほどでここに戻る」
その言葉に真剣な表情を浮かべたマルティナは、騎士たちに頼んで五つの通路を全て照らしてもらった。
そして見える範囲で通路の様子を記憶するが、今のところ特に違和感はない。全て入り口から記憶した五つの通路を脳内で重ね合わせてみても、何かが判明することはなかった。
「とにかく、まずは奥に向かってみませんか? ひたすら左を選んで進むのはどうでしょう」
「入り組んだ遺跡を探索する時のセオリーだね。それでいこう」
マルティナの提案にアレットがすぐ同意を示し、皆は一番左の通路に入った。
「さあ、探索の始まりだよ!」