133、無事に解決
マルティナにとって幸せすぎる数日はあっという間に過ぎ去り、ハーディ国王に謁見してから四日後の午前中。ラクサリア調査団の全員と、ハーディ王国側の調査団全員が会議室に集まっていた。
「本日は集まってくれてありがとう。まずは改めて、俺から伝えたいことがある。――初顔合わせの時は、本当に申し訳なかった!」
そう言ってガバッと頭を下げたギードに続き、他の探検家たちも頭を下げる。
「他国から俺たちの領分を荒らしにくるやつらだって、頭から否定して受け入れなかった。本当に愚かだった。もし許してもらえるなら、協力して迷いの古代遺跡の探索をしてもらえたら嬉しい」
そんなギードからの頼みに、マルティナはニコニコとした笑顔で言った。
「別に構いません。過去は忘れて、協力しましょう。私たちの使命は早く結果を出すことですから」
「ああ、そうだな……必死に頑張るぜ」
感動して泣きそうになっているギードに、今度はマルティナと同じようにニコニコとした笑みを浮かべているが、どこか怖い雰囲気のある外交官が告げる。
「此度の問題に向けて、ハーディ王国の薬師の皆さんとは問題なく協力することができました。ならば、なんの問題もないでしょう」
薬師にできて探検家にできないなんてことはないだろう? そんなふうに脅すような外交官の言葉と意味深な笑みに、ギードたちはこくこくと頷いた。
「も、もちろんだ」
「最大限に協力させてくれ」
「あんなに上からだったんだ。実力は申し分ないはずだね?」
アレットも怖いぐらいに満面の笑みだ。アレットはここ数日の間にもギードたちと打ち合わせをしていたのだが、今のアレットの言葉に顔を引き攣らせているギードたちを見ると、この数日で上下関係が定まったらしい。
「あ、ああ、必ず迷いの古代遺跡の奥に辿り着く!」
「絶対に有益な情報を手に入れるぜ」
「期待してるよ。いやぁ、ついに探索に行けるなんて楽しみだね!」
そう言ってギードの背中をバシンッと叩いた力は、かなり強い。ギードが前につんのめるほどだ。
「お、おう」
「もうギードさんはここにいなくても大丈夫なのですか? 無事に薬が完成して、治療が開始されたとは聞きましたが」
罪人に投与した薬はすぐに効果を発揮し、重篤な副作用が出ることもなかったため、急いで患者たちに投与が開始されたのだ。
それと同時に原因となったブルーバクの焼却も終わり、今は虫の駆除が進められている。
「ああ、エマは薬を飲んで一晩で熱が下がった。まだしばらく発疹は消えないだろうが、しばらく安静にして栄養のあるものを食べてれば大丈夫だそうだ」
ギードの表情には、隠し切れない安堵と嬉しさが滲んでいた。
「そうですか。本当に良かったですね」
「ああ、マルティナのおかげだ。本当にありがとう」
「私の知識がお役に立って良かったです」
ニコニコと笑みを浮かべながらさらっとこの言葉を言えるマルティナに、この場にいる全員が頬を緩めた。
緩んだ空気を引き締めるように、アレットが声を張る。
「じゃあ懸念も無くなったことだし、そろそろ迷いの古代遺跡に向けて出発するのでいいかな? あたしはもう、今日にでも行きたいぐらいワクワクしてるんだよ」
「俺たちの準備は終わってるから、いつでも行ける」
ギードのその言葉に続き、口を開いたのはナディアとシルヴァンだ。
「わたくしたちも荷物の手配などは全て済んでおります」
「一応、明日の早朝には出立する予定で準備は完了している。ただ急ぐならば今日の昼過ぎなどにも変更可能だ。そこは道中の予定を決めてるそちらで考えて欲しい」
「そうだな……特に初日はかなり余裕のある行程になってたから、昼に出発でも問題ないな」
今日の昼に出立で誰からも異論はなく、少し慌ただしくなるがその予定で決定となった。さっそく準備をするため、全員が会議室の椅子から立ち上がる。
「では、馬車に残りの荷物も積み込みましょう」
「そうだな。アレットさん、少し手伝ってもらえませんか?」
ロランが声をかけると、アレットは嬉しそうに笑いながらロランの肩に腕を回した。
「なんだ。あたしの力が必要なのかい?」
「アレットさん、かなり浮き足立ってますね?」
「そりゃあ、当たり前だよ! だって迷いの古代遺跡の探索だよ?」
マルティナが図書館のことを思い描いている時と同じような表情のアレットに、ロランは苦笑を浮かべつつ口を開く。
「実はマルティナの荷物が重い上にたくさんあって、アレットさんはもう荷物の積み込みが終わったんですよね。それなら手伝ってもらえないかと」
「そういうことなら、もちろん構わないよ。ただマルティナはそんなに荷物があるんだね」
不思議そうに首を傾げたアレットに、横を通ったシルヴァンがボソリと伝えた。
「大量に本があるんだ。なんでも探索は長丁場になるだろうからって、ハーディ国王陛下から持ち出しを許可された本を持っていくらしい。私は大量の本を持ち込むのは反対だがな……」
マルティナが本に夢中で他の仕事に身が入らないのではないか。そんな心配をしているのだろうシルヴァンは、マルティナをジト目で見つめている。
「だ、大丈夫ですっ。本は疲労回復に必要なんです! それに迷いの古代遺跡に関する書物もたくさんあって、仕事にも必要です!」
「ええ、大丈夫よ。わたくしがマルティナの読む本は管理するから。決めた時間だけしか読めないようにしておくわ」
また隣を通ったナディアの言葉に、マルティナはつい大きめな反応をしてしまう。
「え!」
夜は時間を作れるだろうから、日付が変わるぐらいまでなら自由に読んでも良いかな。なんて考えていたのだ。
「あ、ナ、ナディアありがとう。助かるよ。ハーディ王国の本だから、慎重に扱わないとだしね」
誤魔化すようにマルティナが笑みを浮かべると、ナディアはシルヴァンに似たような疑いの表情で部屋を出て行った。
そんな二人を見送ったところで、アレットが今度はマルティナの肩に腕を回す。
「マルティナ、残念だったね」
「いえ、迷いの古代遺跡を探索することが一番の仕事ですから」
自分に言い聞かせるように言ったマルティナにアレットは笑みを浮かべ、護衛のロランとサシャも合わせて四人で部屋を後にした。
そして荷物が置かれているマルティナの客室に向かい始めたところで……廊下の奥から、何人もの共を連れた人物が現れた。
マルティナたちは咄嗟に廊下の端に下がり、軽く頭を下げる。チラッと目の前を通る人物に視線を向けると、それはハーディ王国の第三王子だった。
(なんでこんなところに……)
そう不思議に思っていると、バチッと目が合ってしまう。慌ててマルティナが視線を落とすと、特に咎められることもなく、第三王子はその場を去っていった。
マルティナは第三王子の様子に僅かな違和感――少しこちらを探るような様子を感じたが、他の三人は気づかなかったらしい。
第三王子の姿が見えなくなったところで、すぐに客室に向けて移動を再開する。
「マルティナさん。行かないんっすか?」
動かないマルティナを不思議に思ったサシャが振り返ってくれたため、マルティナは先ほど覚えた違和感は気のせいかと忘れることにして、三人を追いかけた。
ついに、迷いの古代遺跡に向けて出発だ。