131、嬉しすぎるお礼
一国の王が他国の外交官や官吏に頭を下げるなど前代未聞のことで、マルティナたちが呆然としている間に、国王は口を開いた。
「改めて、本当にありがとう。ラクサリア王国による情報提供のおかげで、我が国は救われた。赤点病について知らず、このまま病気が広がっていたらと考えると……」
マルティナが赤点病に関する情報を持っていなければ、原因不明の病によって大勢が倒れ、命を失うことになっていただろう。
それが王都で起きたならば、大袈裟ではなく国の存続も危ぶまれたかもしれない。
「聖女ハルカ一行にも、多大な迷惑をかけていた可能性がある。マルティナ嬢、君の知識はまた世界を救うな」
そう言って少し表情を緩めたハーディ国王に、マルティナは頭を下げながらも考えていた。
(そういえば、ハルカの魔法なら命に関わるような病気も治せるのかな……可能性は高そうだよね)
一般的な光魔法は、怪我の治癒は得意でも病気の治癒は苦手だ。軽い風邪程度なら治せるが、重い病気の治癒は魔法ではできないというのがこの世界の共通認識だった。
(でも、万が一重い病気を治せちゃったら、病人がハルカの下に殺到するよね……ハルカが心を痛めないためにも、病気の治癒は試してみない方がいいのかもしれない)
ハルカの力はこの世界でイレギュラーであるし、マルティナはあまりハルカの能力に頼りたくないと考えている。浄化に関しては仕方がないが、少しでもハルカの負担を減らしたいのだ。
「お役に立てて良かったです。聖女ハルカ一行には、浄化の旅に集中してもらいましょう」
「そうであるな。そのように取り計らおう。して、マルティナ嬢。此度の情報提供はラクサリア王国からであり、貴国には正式に礼をしたいと考えている。しかしそれとは別に、マルティナ嬢にも礼を渡したいのだが、何か希望はあるだろうか。マルティナ嬢の知識に助けられたことは事実だからな」
マルティナ個人への礼をしたいと考えるのは、ハーディ王国としては当然のことだろう。実際に国が救われたのは、マルティナのおかげなのだ。
しかしマルティナはラクサリア王国の一員として今回の事態へと対処をしたにすぎず、個人への礼は辞退しようと口を開きかけたところで――つい、頭の中に思い浮かべてしまった。
この王宮のどこかにあるだろう、ハーディ王宮図書館の様子を。
(お、お礼って、王宮図書館の本を読ませてもらうなんてこともできるのかな!?)
必死にポーカーフェイスを保とうとしているが、マルティナの頬は緩んでいる。断るべきだという気持ちと、まだ見ぬ本を思いっきり読みたいという欲求。
その二つの間で気持ちは揺れ動き――マルティナは、本の欲望に負けた。
「あ、あの……貴国の王宮図書館に、入らせていただくなんてことはできるのでしょうか」
まだ躊躇いながらも問いかけると、ハーディ国王は一瞬だけポカンとし、こういう場では珍しく破顔する。
「ははっ、話には聞いていたが、マルティナ嬢は本当に本が好きなのだな」
「あっ、申し訳ございません……わがままを言ってしまいました」
なんだか慌ててしまいマルティナが必死に口を開くと、そんなマルティナをハーディ国王が手で制する。
「良いのだ。その願いを叶えよう。もちろん自由に王宮図書館の中を見てもらうわけにはいかないが、一部の本は開放する。さっそく謁見後すぐに、案内の者を付けよう」
「ほ、ほ、本当ですか!?」
マルティナはあまりの興奮に、つい大きめの声を出してしまった。
「ああ、楽しんでくれ」
「ありがとうございます……!」
(ハーディ王国の王宮図書館! 見たこともないような本がたくさんある場所! これから入れるだなんて、なんて私は幸せ者なんだろう……!)
今にも踊り出したいような気持ちのマルティナは、必死に体を押し留めた。しかしニヨニヨと緩む顔は引き締められていない。
そんなマルティナに室内の空気が緩む中、ハーディ国王の言葉で謁見は終わりとなった。
「では、さっそく赤点病への対処を始めて欲しい。ラクサリア王国調査団の皆さんにも、進捗は報告させてもらう」
「かしこまりました」
「よろしくお願いいたします」