128、ラクサリア王国側の話し合い
会議室を出たマルティナは、娘が助かる予感にボロボロと涙を溢すギードを振り返った。
「ギードさん。迷いの古代遺跡の探索は、とても重要な仕事です。しかし赤点病に関する事態が落ち着くまでは、そちらに注力したいと思っています。慌ただしいのは数日だと思いますから、少しだけ調査団の出発を遅らせられるように、取り計らっていただけませんか?」
ギードがエマの治癒を見届けたいだろうという配慮、赤点病の解決に尽力したという実績によってハーディ王国側の調査団とより良好な関係を築きたいという打算、さらに知識を公開した責任。
それらが入り混じった上でのマルティナの願いに、ギードは悩むことなく頷いた。
「もちろんだ。調査団の方は俺に任せてほしい。改めて今朝の態度、本当に申し訳なかった……!」
「もういいですよ。過ぎたことは忘れて、これからは協力しましょう。たくさんの人の力が集まれば、不可能なことも成し遂げられると思うんです」
笑顔で言ったマルティナの言葉にギードは感銘を受け、今度は別の意味で瞳を潤ませながら頭を下げる。
「はいっ」
そうしてギードとも別れたマルティナが向かったのは、シルヴァン、ナディアなど官吏たち、そして外交官たちがいる客室、さらにアレットのところだ。
急いで皆の客室を回って今から話し合いをしたい旨を伝え、さっき薬師たちと話し合いをした会議室に戻る。この会議室は、ギードに使用可能であることを聞いている場所だ。
「また忙しくなりますね」
思わず呟いたマルティナの言葉に、共に行動している護衛の二人は苦笑を浮かべた。
「マルティナはいつでも忙しいな」
「頑張りすぎないように気をつけてくださいっす」
「そうだな。これから迷いの古代遺跡の探索もあるんだ。体力は残しておけよ」
「はい。ありがとうございます。適度に頑張ります」
そんなマルティナの決意に、ロランが信じていないような微妙な表情を浮かべていると、まず会議室にやってきたのはナディアとシルヴァンだ。
「さっき初顔合わせが終わったばかりだけれど、もう何か良い案が思い浮かんだのかしら」
大切な話があるとしか伝えていないので、ナディアはハーディ王国側の調査団と協力するため、マルティナが名案を思いついたと思っているのだろう。
しかし、話はすでにその次元を超えている。
「ううん、もうギードさんとは和解して協力できるようになったんだけど、そんなことよりも――」
さらっと告げたマルティナの言葉に、シルヴァンが慌てて止めに入った。
「少し待て。もう和解したとはどういうことだ? 理解不能だ」
怪訝な表情のシルヴァンに、眉間に皺を寄せたナディアも同意するように頷く。
「ええ、わたくしたちと離れている短い間に何があったのかしら」
そんな二人の疑問に答える前にアレットと他の官吏たち、さらに外交官たちもやってきたので、マルティナはさっき中庭を歩いていてエマと出会ったところからの出来事を、全員に話すことにした。
全てを聞いた皆は、感心したような呆れたような表情だ。
「なんだか凄いわね……」
「いつの間にか大きな問題が解決していて、より大きな問題が発生しているではないか」
「さすがマルティナだな!」
そんなナディアとシルヴァン、アレットの感想に続き、
「マルティナさんは、やはり凄い方なのですね」
「共に仕事をしていると、その凄さを実感します」
「赤点病などという病は、初めて聞きました」
外交官たちの呟きも耳に入る。しかしマルティナにとってはそこまで大袈裟なことをしたという認識はなく、さらっと話を続けた。
「ありがとうございます。私の知識が役に立って良かったです。ただシルヴァンさんの仰る通り、赤点病が広まっているのはかなり大きな問題ですので、早急に対応が必要です」
「ハーディ国王陛下へ謁見するのだったわね」
「うん、明日の早朝だよ。なのでそれまでに、皆さんのお力も貸していただきたいです。よろしくお願いします」
マルティナがガバッと頭を下げると、その場にいた全員が頼もしい表情で頷いてくれる。
「分かりました。赤点病という大きな問題を解決し、迷いの古代遺跡の探索に集中できるようにいたしましょう。私たち外交官は、まずラクサリア王国に報告をいたします」
「それからマルティナさんがお持ちであった知識は、我が国からの情報提供という形にして、国家間の関係強化も図りましょう」
「責任問題などにならぬよう、情報の取り扱いについて文書で契約も必要ですね」
頼もしい外交官たちの言葉に、マルティナはよりやる気が湧いてくるのを感じた。
「本当にありがとうございます!」
「これが私たちの仕事ですから、当然ですよ」
「ではわたくしたちは、外交官の皆さんのお仕事をお手伝いいたします。書類作成などには人手が必要でしょう。それから、マルティナの書類作成にも助手が必要かしら」
「うん。できれば手を貸してもらえると嬉しいかな」
ナディアの問いかけにマルティナが頷き、今回は雑務をこなすためにやってきた政務部所属の官吏たちは、素早く仕事の割り振りを行なった。
その結果、マルティナを手伝うのはナディアとシルヴァンだ。それが決まったところで、アレットが頼もしい笑みを浮かべた。
「あたしは赤点病についてできることはなさそうだし、ギードたち調査団との話し合いを進めとくよ。調査の方があんまり遅れるとまずいだろうからね」
「アレットさん、ありがとうございます」
そうして皆がやるべきことを確認したところで、今できる話し合いは終わりだ。
「では皆さん、夕方の会議は予定通りに行うこととして、そこで進捗を報告しましょう」
外交官のその言葉に皆が頷き、マルティナたちはそれぞれの仕事をこなすため、会議室を後にした。




