127、薬師との話し合い
「おいっ、ギード。私らはお主の娘を助けるために研究をしているのだぞ! それを無理やり引っ張ってきおって!」
ギードが会議室に入るや否や、薬師の男性が怒鳴った。
「だから、その病気の詳細を知ってる人がいたんだ!」
「そんな上手い話があるか! お主は騙されておるのだ!」
大声で言い合う薬師とギードの勢いに、マルティナはつい気圧されそうになる。しかしここでマルティナの持つ知識を信じてもらえなければ、大勢の人が亡くなるだろう。
マルティナは腹を括って、薬師たちの前に立った。
「皆さん、私はラクサリア王国から迷いの古代遺跡探索のために来たマルティナです。少しだけ私の話を聞いてください」
最大限に声を張って真剣な表情を作ると、マルティナの後ろにいる護衛二人の迫力も相まってか、薬師たちは納得していない様子ながらも、とりあえず話を聞く体勢になってくれた。
「ありがとうございます。急ぎですので結論から述べますが、エマちゃんが感染している、この国で今流行っている病気の名前は、赤点病だと思います」
赤点病という名前に、薬師の誰も反応を示さない。本当にハーディ王国では知られていないのだと、マルティナは改めて認識した。
「私がなぜ知っているかというと、ラクサリア王国の王宮図書館で、この病気について書かれた歴史書を読んだからです。赤点病は過去にラクサリア王国内にある小さな村で流行り、村に大きな被害をもたらしました」
ラクサリア王国の王宮図書館にある歴史書。その言葉は薬師たちの興味を引くのに十分だったようだ。皆の雰囲気がガラッと変わる。
「私には読んだ本の内容を全て覚えられるという、少し特別な能力があります。そのため、これからお話しする内容は本に書かれている内容と齟齬はありませんので、ご安心ください。まず……赤点病の原因はブルーバクという魔物です」
マルティナがサラッと信じられない能力について明かしたが、薬師たちは新たな知識を受け入れるので精一杯なのか、マルティナの能力については流した。
そして、ブルーバクという魔物の名前に反応を示す。
「聞いたことがないな」
「ラクサリア王国には生息しているのか?」
「いえ、ブルーバクは基本的に湿地帯に生息している魔物です。なのでこの辺りにいることは本来であればないのですが、ラクサリア王国の歴史では、本当にたまたまブルーバクが迷い込んできたようです。今回のハーディ王国の事例では、十中八九瘴気溜まりからブルーバクが出現したのでしょう」
瘴気溜まりによって見知らぬ魔物が多数出現していることは周知の事実なので、薬師たちは生唾を飲み込みながら頷いた。
「そうだな」
「その可能性が高いはずだ」
「それで、そのブルーバクはどう悪さをするんだ?」
「ブルーバク自体が悪いわけではないのです。その歴史書によると、死亡したブルーバクの死骸にとある寄生虫が入ると、血液が汚染されるのだそうです。その血液を血を餌とする虫が吸って、その虫が今度は人間の血を吸うと、その人間が赤点病に感染します」
全く予想外な病気の原因に、薬師たちは目を見開いた。そして必死にメモ帳へと、情報を書き留めていく。
「ということは、虫に刺されなければ感染しないのだな」
「はい。根本的な原因を排除するならば、感染源となっているブルーバクをまずは燃やしてしまうのが良いと思います。そして虫も駆除すべきかと」
「確かにそうだな」
「それで、治療法はあるのか? 病気の経過についても分かっているのか?」
薬師たちは詳細に語られたマルティナの話を信じ始めたようで、矢継ぎ早に質問をした。
「はい。歴史書には詳細が書かれていました。薬の作り方ですが――」
マルティナが少し複雑な調薬方法を説明すると、薬師たちの間に小さな歓声が沸き上がった。
「それならば、数日もあればすべての材料が揃えられるな!」
「今すぐに薬草をかき集めなければ!」
「待て、動き出すのは話を最後まで聞いてからだ。まだ症状の経過について聞いていない」
一人の薬師が盛り上がりを抑え、また全員がマルティナに視線を向ける。
「症状の経過については歴史書には深い記述がなかったのですが、実は私はこの赤点病について、中古本屋で買ったある薬師の日記でも読んだことがあるのです。そちらを先に読み、後から王宮の歴史書を読んで分かったのですが、この日記の著者は赤点病が蔓延した村で仕事にあたった薬師だったのでしょう」
同業者の日記には貴重な情報があると分かっているからか、薬師たちがまた緊張を顔に浮かべた。
「それで、その日記には何が書かれてたんだ?」
「歴史書との違いは、村人たちの経過の細かさです。虫に刺されてから数日はほぼ症状がなく、まずは発疹が出ます。そしてそれが広がるにつれて高熱が出るそうです。高熱から二週間以内に熱が下がり始める人は、高確率で自然治癒するらしいですが、二週間を超えても高熱が続く場合、それからしばらく苦しみ、四週間が経つ頃には命が尽きてしまうと書かれていました」
ここで初めて死んでしまうような病気だと伝えられ、薬師たちの間に緊張が走る。
「そ、それはどのぐらいの割合なんだ?」
「大人だと二割ほどが死亡してしまうと。子供ではもっと高いそうです。三割から四割と書かれていました」
「なんと……」
信じられない死亡率に、誰もが絶句して言葉がない。そこでマルティナは、努めて明るく告げた。
「しかし、適切な薬を投与すれば、ほとんどの人が助かるそうです。なのでできる限り早く薬を調合し、皆さんに届ける必要があります」
その言葉に、薬師たちの瞳には決意が宿った。
「分かった。私らですぐに薬の準備をしよう。初期の感染者はそろそろ四週に達してしまうかもしれない」
「しかし、我が国では新薬だ。すぐ患者になど使えないぞ」
「では、今すぐに罪人を手配しよう。その虫に刺されることが原因ならば、罪人を赤点病に感染させることも簡単だ。発疹と熱が出たところで薬を試せばいい。薬の調合に数日はかかる。その間に罪人の準備も済むはずだ」
ハーディ王国では、重い罪を犯して死刑が決まっている罪人に対してと、長期の苦役を課されている罪人本人が減刑の代わりに参加を望んだ場合のみ、王家からの認可が下りれば新薬の投与などが認められているのだ。
「今すぐに動かないと大勢が死ぬぞ。まずは陛下にご報告もしなければ。貴殿の名前は……マルティナだったな。一緒に報告に来てくれるか?」
「私が同席しても良いのであれば、もちろん構いません」
「では頼む。報告書や資料などの準備をして、明日の早い時間には陛下に謁見できるよう手配をする。そのつもりでいてほしい」
「分かりました。私の方でも準備できる資料を作っておきます」
そうして薬師たちと今後の予定を決め、皆は諸々の準備をするために慌ただしく会議室を出ていった。