126、病気の原因は?
「この病気の始まりは山の麓にある街だったんだ。そこで高熱と赤い発疹が出る病気が流行ってるって王都に連絡が来て、その頃には王都の下町でも同じような病気が少しずつ広がってた」
ギードの話をそこまで聞いて、マルティナは昨夜の夕食の席で聞いた最近流行っている病気というのが、赤点病だったのだと理解した。
「国はすぐに調査をして、人から人にはうつらないこと、それからモモが原因だろうってところまでは突き止めたらしい。でも治療法が分からない。自然に治るものでもないかもってことが分かった。そこで運悪くその病気に感染しちまったエマが、治療法の被検体になったんだ。治療法が見つかったら、一番に治してもらえるって条件でな」
「こんなに小さな子が被検体ですか?」
「幅広い年齢の対象者が欲しかったらしい」
ハーディ王国は急速に広まっている未知の病気への対処法を確立させるため、できる限りのことをしていたのだ。しかし、いまだに成果はなかった。
「まさか、そんなに死亡率が高い病気だったとはな……エマは、エマは大丈夫なんだろうか」
ギードがまた涙を流しながらエマの頬を愛おしげに撫でて、そんなギードにマルティナは深刻な表情だが、しっかりと頷いた。
「薬が間に合えば治るはずです。エマちゃんは感染からどのぐらいでしょうか」
「二週間ぐらいだ」
「一応その本には、四週間が経つ頃から命の危険があると書かれていました。もちろん自然に治る人もいるのでしょうが、あと二週間が勝負かもしれません」
期限が決められたことで、ギードの瞳には強い光が宿る。
「分かった。俺はまず何をすればいい? さっきあんな態度をとって今更かもしれないが、本当にすまなかった。ぜひ力を貸して欲しい……!」
「もちろんです。まずギードさんはエマちゃんをベッドに連れて行くべきだと思います。それから薬師の方や光属性の魔法使いなど、とにかくこの病気の研究をされてる方と話がしたいです。私は本から得た知識はありますが、専門家じゃないので」
この世界で病気の治癒をするとなれば、ほとんどの者が薬師を頼る。光魔法は怪我の治癒には強いが、病気に対してはそこまでの効果を発さないのだ。
そのため貴族であったとしても、病気は薬師が調合した薬によって直すのが普通である。しかしたまに光属性の魔法使いの中で、病気に興味を持つ者がいて、そういう者は光魔法と薬を組み合わせた病気の治癒をしていたりするのだ。
「わ、分かった。マルティナさんが薬師たちと話ができるように、場所を整える。薬師たちを絶対に説得するから、少し待っててくれ!」
「分かりました。では私は、先ほどの会議室にいますね」
「ああ、すぐ戻ってくる!」
そうしてギードがエマを抱えながら慌てて去っていき、他の者たちもそんなギードに続いた。それを見送ったマルティナたち三人は、一息ついて顔を見合わせる。
「なんだか、怒涛の展開だったな」
「はい。まさかハーディ王国で赤点病が知られていないとは……山の麓の街で最初に感染している人たちが心配です。王都に連絡が来ていないだけで、死亡者が多数出ているかもしれません」
その言葉に息を呑み、ロランは静かに問いかけた。
「その情報は、なんて本に載ってたんだ? 疑うわけじゃないが、正しい情報なのか?」
多数の死亡者が出るという話を信じたくないのか、ロランが躊躇いながらマルティナをまっすぐに見つめる。マルティナもロランを見返して、迷いなく頷いた。
「正しい情報である可能性が高いです。というのも、赤点病の話は二つの書物にほぼ同じ内容で載っていたのですが、そのうちの一つがラクサリア王国の王宮図書館に所蔵されていた歴史書なんです。なので、ラクサリア王国にいる薬師の中には、赤点病を知ってる人もいると思います」
「そうなのか……確かにそれは、信憑性が高いな」
「でも、なんでハーディ王国では知られてないんすか? そんなに珍しい病気なんすかね」
サシャの疑問に、マルティナは赤点病について書かれていた歴史書の記述を思い出す。
「赤点病は、ラクサリア王国でも過去に一度しか確認されていない病気だと思います。その原因がとても稀有なもので、普通ならばこの辺りでは流行るはずがないんです」
「原因ってなんなんだ? モモっていう話しは間違いなのか?」
「流行ってるのが赤点病ならば、モモという予測は間違いですね。ただその間違いも理解できます。赤点病はモモのような甘い果物を好む虫が媒介するんです。ある魔物に――」
そこまで話をしたところで、さっそくギードが戻ってきた。汗だくのギードは全力疾走だ。
「マルティナさんっ、薬師たちを集めたからすぐに来て欲しい!」
「分かりました。今行きます」
マルティナたちがまだ会議室に到着してもいないのに、もう準備ができたらしい。
(ギードさん、かなり無理やり薬師の人たちを引っ張ってきたんじゃないかな……)
そんなマルティナの予想は正解で、会議室に入るとそこには、汗だくで衣服が乱れた薬師たちが不機嫌そうに椅子に座っていた。