125、赤点病
気を失ってしまった女の子の肌には、よく見ると腕や脚にまで赤い発疹が広がっていた。
「マルティナはこの病気を知ってるのか?」
歩きながらロランが問いかけ、マルティナはほぼ確信を持って頷く。
「多分、赤点病だと思います。かなり珍しい病気ですが、発疹の出方に特徴があると昔読んだ本に書かれていて、女の子の発疹がまさにそれと同じなんです」
赤点病の発疹は身体中に小さな花が咲くように出現するので、この病気を知ってさえいれば、素人でも他の病気と判別できるのだ。
「赤点病……聞いたことないな」
「俺たちにうつる可能性はあるんすか?」
「いえ、人から人へはうつりません」
「それなら、とりあえずは安心だな。ただ、なんでそんな病気の子供が一人で中庭になんて……」
ロランがそう呟いた瞬間、少し離れたところから誰かが叫ぶ声が聞こえた。
「エマ! エマー! どこにいるんだ!?」
「エマちゃん! 出ておいでー」
「返事をして欲しい!」
「なんでもいいから物音を立てられるかな?」
「声が難しければ、近くの植物を揺らしてみて〜」
複数人が、重なるように叫んでいるみたいだ。そして最初に聞こえた声が、ギードのものだったということは……。
「この子がエマちゃんですかね」
マルティナの言葉に、ロランとサシャが頷いた。
「そうだろう」
「ほぼ確実っすよ。俺が声を出しましょうか?」
「そうですね。よろしくお願いします」
一番声が大きくて通るサシャが居場所を伝える役目を任せられ、大きく息を吸い込んだ。そしてギードたちに伝えるように叫ぶ。
「エマちゃん、ここにいるっす! 中庭で泣いてたので保護しました!」
サシャが叫んだ瞬間にギードたちの声が止んで、シンッと辺りが静まり返った。そして次の瞬間には慌てたような足音と共に、ギードたちが姿を現す。
「エマッ!」
サシャの腕の中で気を失っているエマにギードが駆け寄り、涙を流しながら抱き寄せた。他のメンバーは調査団の一員である探検家がほとんどのようで、その中に一人女性のメイドがいる。
「向こうの生垣の陰で泣いていたところを保護しました。最初は意識があったのですが、かなり高熱だからか意識を失うように眠ってしまって」
マルティナが状況を伝えると、ギードは焦ったように女性メイドにエマを見せた。
「エマは大丈夫だろうか!」
「失礼いたします。――確かに凄い高熱です。今すぐに体を冷やして、解熱剤を投与しましょう」
そんな会話をして、二人がエマを連れて行こうとしたところで、マルティナが声を張って二人を止める。
「あのっ!」
意外にも大きかったその声に、二人は立ち止まった。
「なんだ? 今は忙しいんだ。娘を保護してくれたことについては礼を言う。あとで謝礼も渡すから……」
「いえ、礼なんていいんです。そんなことより、赤点病の薬は投与しているのですか? そこまで症状が酷くなってるということは、投与が遅れてるのではないかと……」
マルティナの言葉に、時が止まったかのようにハーディ王国側の皆が固まった。そして沈黙を破ったのは、怖いぐらい真剣な表情のギードだ。
「い、今病名を言ったか!?」
肩をガシッと掴まれたマルティナは、少しだけ恐怖心を覚えながらも気丈に頷く。
「は、はい。エマちゃんは赤点病に感染していると思います。もしかしてハーディ王国では、赤点病が知られていないのでしょうか。治療薬の情報もありませんか?」
「……ほ、本当にエマはその病気なのか?」
「ほぼ間違いないと思います。赤点病は発疹の出方が特殊なんです」
「な、治るのか……?」
「はい。適切な薬を飲めば、ほぼ確実に治ります。ただ薬を飲まないと、長期にわたって高熱に苦しみ、二割ほどの人が命を落とします。体力のない子供だと死亡率は三割から四割になると本には書かれていました」
あまりにも高い死亡率に、ハーディ王国の面々はギョッと目を剥いた。そしてギードがマルティナに向かって深々と頭を下げる。
「お願いだ。ぜひその薬のことを教えてくれ……頼む!」
神に祈るようにその場に跪いたギードに、マルティナの方が慌てて答えた。
「もちろんです。私が知ってることは全てお伝えします」
その返答にギードが泣きながらマルティナを見上げ、立ち上がるとマルティナの手をガシッと力強く握った。
「本当に、本当にありがとう……!」
「いえ、人の命がかかっているのですから、当然のことですよ。そんなことよりも、本当にハーディ王国で赤点病は知られていないのですね」
マルティナの言葉に少し冷静さを取り戻したギードは、エマの現状と共に、ハーディ王国で少し前から流行り始めている病気について、詳細を話してくれた。