122、朝食と少しの懸念
翌日の早朝。マルティナは日が昇る頃に目が覚めて、客室のカーテンを開けた。
「うぅ〜ん、よく寝た」
大きく伸びをしたマルティナは、清々しい気分だ。昨日は奇跡的に自ら夕食前に読書をやめられたし、意外と疲れていたのか珍しく寝る前にも本を読まずに寝てしまったのだ。
そのおかげで十分な睡眠時間は確保できた。
さっそく着替えて朝の準備を行い、マルティナは中から客室のドアをノックする。
「サシャさん、いますか?」
夜のマルティナの護衛は、早寝早起きのサシャが日付が変わって数時間後から朝までの護衛、そしてロランが夕方からサシャと交代するまでの護衛と決まっているのだ。
「いるっすよ! もう起きたんすか?」
サシャの言葉が聞こえて、マルティナは安心しながらドアを開けた。
「いつもありがとうございます。早く目が覚めちゃって。サシャさんが鍛錬するなら付き合おうかなと思ったのですが」
「本当っすか!? もちろんやるっす!」
朝から元気いっぱいなサシャに釣られて、マルティナも笑顔になる。
「じゃあ、広いところにいきましょうか」
それから中庭でサシャの鍛錬にマルティナも参加し……ようとして、すぐに辛すぎて離脱したり、この王宮にある数多の見知らぬ本を思い描いてうっとりしていると、二人の下にナディアが合流した。
合流というよりも朝食の時間が早まり、二人を呼びに来たようだ。
「朝食が予定より早く食べられるそうよ」
その言葉に瞳を輝かせたのは、もちろんサシャだ。
「本当っすか! 今すぐ行きます!」
そんなサシャに釣られて、マルティナもベンチから立ち上がる。
「私も行くよ。今日から食事は食堂で食べられるんだよね」
「そうよ。一緒に食べましょう」
最初は各客室に食事を準備すると提案されたのだが、皆で食べたいと食堂での食事に変更してもらったのだ。
その方が護衛の二人も一緒に食べられるし、官吏として働くためあまり話す機会がないナディア、シルヴァンともゆっくり話す時間が取れる。
「楽しみだね。昨日の夕食は美味しかったから」
「分かるっす! 魚料理が特に美味しかったっすよね」
「わたくしもあのお料理は美味しいと思ったわ」
「うん。味付けが美味しかった」
そんな話をしつつ、さっそく三人は食堂に向かって足を進めた。
「ロランさんとシルヴァンさんは?」
「シルヴァンがロランを呼びに行っているわ」
「じゃあ、二人もすぐに来るかな」
今日は、さっそくハーディ王国側の調査団と顔合わせをするの予定なのだ。官吏まで全員参加のため、ロランとシルヴァンの二人も寝坊は厳禁だった。
「ええ、心配しなくても大丈夫よ」
「そもそも、マルティナさん以外の人はあんまり寝坊ってしないっすよね〜」
サシャの何気ない一言に、マルティナは反論できない。マルティナも別に朝が弱いわけではないのだが、つい本を読み始めると夜更かしをしてしまうのだ。
日が昇り始めた頃に外が明るいことで夜更かしをし過ぎたことに気づき、ちょっと仮眠を取ろうと思って眠り、寝坊するというパターンだった。
「気をつけます……」
「そうね。その方が良いわ」
そんな会話をしていると食堂に到着し、さっそく豪華な朝食が給仕される。朝が弱いものにとっては、少し多すぎるぐらいの食事だ。
「美味そうっす……!」
もちろんサシャにとっては最高の食事で、さっそく食べ始めた。そんなサシャに苦笑しつつ、マルティナたちも料理を口に運ぶ。
一緒に食べているメンバーは、マルティナ、ロラン、サシャ、ナディア、シルヴァンに加えてアレットだ。
「そういえば、昨日の夕食の時に忠告を受けただろ? あれってマルティナは何か知らないのか?」
ロランがふと口にした話題に、マルティナは昨夜の夕食の席のことを思い出していた。ハーディ王国の王族も参加しての食事会で、最近王国内で原因不明の病気が流行り始めているという話を聞いたのだ。
一番患者数が多いのは山の麓にある街で、最近王都でもちらほら患者が現れている。しかし人から人への感染はなさそうであり、王宮や迷いの古代遺跡の周辺では全く報告されていないので問題はないこと。
さらにモモという果物に関わっている者たちが感染者のほとんどであることから、モモが病気に感染したのかもしれないため、モモを食べないようにと忠告を受けたのだ。
「モモの病気が食べた人間に影響を及ぼしてるって話でしたよね」
「ああ、マルティナが反応してなかったのが気になってたんだ」
「実は、私が今まで読んできた書物に、そんな病気は記載がなかったんです。なのでただ私が知らないだけなのか、新しい病気なのか、何も分からなくて……」
眉を落としたマルティナの言葉に、ロランを含めて皆が大なり小なり驚きを露わにした。
「マルティナでも知らないことがあるんだな」
「新鮮だ」
「なんだか少しだけ嬉しいわ」
マルティナは今まで読んだことのある本の知識しかないため、もちろん網羅できていない知識だってたくさんあるのだが、あまりにも普段が有能すぎてその部分は忘れられがちだ。
「私が読んだことのある本なんて、大陸全体を見ればほんの少しです。まだまだ新しい本があると思うと、うっとりしちゃいますよね〜」
うふふと恋する乙女のように両手を顔の横で合わせたマルティナに、皆が一斉に表情を変えた。
「やっぱりいつものマルティナだな」
「あたしはその気持ち分かるよ。この世界にはまだ解明されてない遺跡が山ほどあるんだ。そう考えるとこう、胸がいっぱいになるよね」
「やはりアレットさんは分かってくれるのですね!」
ここまでの道中を同室で過ごすことが多かった二人は、すっかり意気投合している。
そんな二人の横でサシャはひたすら朝食を口に運び、早々に平らげておかわりを頼んでいた。なんだかカオスな朝食の場は、とても楽しい雰囲気だ。
「とりあえず、早く食べましょう」
ナディアの言葉にロランとシルヴァンが頷き、朝食の時間は過ぎていった。