121、謁見
謁見の間に入ると両脇にはずらっと豪華な衣装を着こなした貴族が並んでいて、正面には玉座があった。まだ誰も座っていない玉座に対してマルティナたちが跪くと、すぐに謁見の間の奥にある扉が開き、ハーディ国王が入ってくる。
国王に続くのは王妃、そして第一王子、第二王子、第三王子と既に成人している王族たちだ。
「ラクサリア王国からの友人たちよ。此度は遠路はるばるよく来てくれた。皆に会えて嬉しく思う」
謁見は、国王のそんな言葉から始まった。この言葉は謁見という場ではかなり砕けたもので、ハーディ国王がラクサリア王国と親しい関係を築きたいという気持ち、そして今回の要請に従ってくれたことへの感謝の気持ちが伝わってくるものだ。
「顔を上げてくれ。今回は迷いの古代遺跡を共同探索するのだ。貴国とは上下ない関係を築きたいと考えておる」
「もったいないお言葉、感謝いたします。我々も貴国とは良好な関係を築き、共に世界的な危機を乗り越えていければと思っております。今回の共同探索は、その大きな一歩となることでしょう」
外交官の中でも身分が高い男がそう答え、懐から一通の書状を取り出した。それはラクサリア国王が書いたもので、男が朗々と読み上げていく。
その内容は、先ほどからハーディ国王や外交官の男が口にしているのと被るもので、ラクサリア国王も同じ気持ちであることが共通認識となった。
「――以上でございます。こちらの書状はお渡しいたします」
「うむ。こちらからも返事を認めるゆえ、後ほど受け取ってほしい」
「かしこまりました。責任持って国王陛下にお渡しいたします」
そうして形式的な謁見のやり取りが終わり、少し雰囲気が緩んだ。そこでハーディ国王は自らの斜め後ろに並ぶ家族を紹介する。
「私の後ろにいるのは、正妃とその子供たちが三人だ。特に第一王子であるサーフェルンは立太子をしており、貴国へ代表者として赴いていたので知っている方も多いかと思う。何かあれば息子たちも頼ってくれ」
正妃と三人の王子が挨拶するのを、マルティナは密かに観察した。正妃は国王や子供たちの年齢から考えると、信じられないぐらいに綺麗な人だ。凛としていて、女性が憧れるような雰囲気の人。
王太子でもある第一王子サーフェルンは、マルティナもラクサリア王国で接点があるので知っている。とても穏やかで聡明で、ラクサリア王国の方針に賛同を示してくれることが多い人だった。
そんな第一王子の隣にいるのは、第二王子だ。第二王子は勉学よりも武芸に優れ、既に騎士団で活躍していた。その活躍は、ラクサリア王国にも情報が入ってくるほどだ。
そして最後の第三王子は、ほとんど事前情報を得られなかった人物だった。
(特別に体を鍛えている様子はないから、どちらかというと文官寄りなのかな。ただ笑顔を浮かべてるけど、どこか余裕がないような……焦ってる感じに見える)
マルティナが気のせいかなと思いつつ、つい第三王子をじっと見つめていると、バチッと目が合ってしまう。
慌てて軽く頭を下げて謝意を示すと、第三王子は少しだけマルティナを見つめてから、ふいっと目を逸らした。
(びっくりしたぁ……)
こっそり深呼吸をしてバクバクとうるさい心臓を押さえていると、ハーディ王国側の挨拶が終わり、ラクサリア王国の番だ。
外交官たちが当たり障りのない挨拶をして、最後にマルティナが前に出た。普通ならば謁見の場で、官吏であり平民であるマルティナが口を開くことなどないのだが、今回の調査団はマルティナが中心であるため、特例措置となった。
「お初にお目にかかります。ラクサリア王国で官吏をしております、マルティナと申します。ハーディ国王陛下のご尊顔を拝する栄誉に賜り、大変光栄に存じます。此度は貴国の重要な遺跡調査に、私をご指定くださり感謝申し上げます。ご期待に添えるよう全力で共同探索にあたりたいと思っておりますので、この度はよろしくお願いいたします」
事前に考えておいたセリフをなんとか口にして、マルティナは改めて頭を下げた。そんなマルティナにハーディ国王は口元を緩め、鷹揚に言葉を掛ける。
「貴殿の働きには期待している。この度はよろしく頼む」
「はい。全力を尽くします」
そうして問題なく謁見は終わりとなり、ハーディ国王と共に王族たちが謁見の間を退室し、マルティナたち一行も部屋を出た。
謁見の間から少し離れたところで、マルティナは大きく息を吐き出す。
「なんだか疲れました……本が読みたいです」
マルティナが呟いた言葉に、ロランが苦笑しつつ魅力的な提案をした。
「今日は夕食まで時間が空くだろうから、そこで本を読んだらいいんじゃないか?」
「え、そうなのですか!?」
一気に元気を取り戻したマルティナに、その場にいる皆が苦笑する。
「お前は本当に、本を読めるってだけで元気になるな」
「もちろんです……!」
「そういえば読みかけの本があったっけ?」
アレットの言葉に、マルティナが大きく頷いた。数日前に寄った街に中古本屋があり、読んだことのない他国の本を何冊も購入したのだ。その中で、まだ読み終わってない本がある。
「思い出したら今すぐに読みたいですっ」
「マルティナ、夕食には絶対に遅れるなよ? 俺かサシャが声をかけたら、そこで読書は終了だからな」
「そうっすよ。マルティナさん、たまに声をかけても全く反応してくれないんすから」
「うっ……それは本当に、ごめんなさい」
マルティナもこの悪癖を直そうと頑張ってはいるのだ。ただ無視してるとかじゃなくて、本当に声をかけられていることに気づけないので、今のところ直しようがない。
「ここでは一人一部屋だから、あたしもいないからね?」
今まではアレットも、マルティナを本の世界から連れ出すことに協力してくれていたが、部屋が分かれると毎回アレットの手を借りるのも難しいだろう。
「そうですよね……ロランさん、サシャさん、私が部屋から出てこなかったら、部屋に入っちゃってください。私の返事なしで入ってもらっても大丈夫です!」
これならやらかすことはないとマルティナが少しドヤ顔でロランとサシャを見上げると、ロランは呆れた表情を、サシャは苦笑を浮かべた。
「お前なぁ。それもどうかと思うぞ?」
「そうっすね〜。女性の部屋に無断で入るのって躊躇うっす」
「そこはぜひ躊躇わずに!」
「いや、それマルティナが言う言葉じゃないだろ」
そう突っ込みつつ、まずはロランが曖昧に頷いた。
「しょうがないから、今回はそうするぞ。ただそのうちマルティナには、女性の護衛も一人いたらいいかもな」
「そうっすね。ラクサリアの王宮では寮暮らしだと大丈夫っすけど、こうして遠征とかすると、一人は女性だとありがたいっすよね〜」
護衛をできるような女性は圧倒的に数が少なく、基本的には王族や高位貴族の女性たちの護衛をしているので確保は難しい。
しかし、マルティナという重要人物のためであれば、人材確保もできるだろう。
「まあ、また後で考えるか。とりあえず今日のところは、あんまり本にのめり込みすぎないようにな」
「はい。できる限り気をつけます」
キリッとした表情で頷いたマルティナだが、ロランとサシャは全くマルティナの言葉を信じていないようだった。