119、収穫体験
「すでに収穫を始めており、そちらの荷車に収穫済みのモモがございます」
農園の男性が示した荷車には木箱がいくつも載せられていて、その中には収穫したてのモモがたくさん詰まっていた。
どれも大きくて色味が濃くて、凄く美味しそうだ。
「少しだけ甘い匂いも感じますね」
「はい。剥く前でもモモの匂いは感じられるんです」
モモの様子を間近で観察していると、男性がハルカに声をかけた。
「ハルカ様、あまり近づかれると虫に刺されるかもしれませんのでご注意ください。この時期に多く発生する虫が、モモの甘い香りが好きなのか寄ってくるんです」
鬱陶しげに眉間の皺を作った男性の言葉に周囲へと視線を向けると、確かに虫が目に入る。ただ本当に小さな虫で、言われなければ分からない程度だ。
「人の血を吸う虫で、刺されると痒いんですよ」
代官のその言葉に、蚊みたいな虫がこの世界にもいるんだとハルカは納得した。
「気をつけますね。では、さっそく収穫をお願いします。できればやり方を教えてほしいです!」
ハルカが虫からモモに話を戻すと、農園の男性は頬を緩めてハルカたちを呼んだ。そして皆の視線が集まる中で、近くにあったモモに手を伸ばす。
「モモはこうして片手で枝を押さえて、もう片方の手で実を優しく持ちます。そして実を横に捻るような形で軽く力を入れると……こんな感じで綺麗に収穫できます」
「おお、これならわたしにもできるでしょうか」
笑顔でそう言ったハルカに、男性は場所を譲った。
「もちろんできますよ。どうぞ採ってみてください」
「ありがとうございます!」
慎重に収穫するモモを決めたハルカは、さっき教えてもらったやり方を忠実に守ってモモを採った。問題なく収穫できて、一安心だ。
「綺麗に採れました」
「さすがハルカ様、とても上手でした」
そんなお世辞にハルカは笑みを浮かべて、ソフィアンたちに場所を譲る。
「皆さんもどうぞ」
それからはハルカたち一行の全員が交代でモモの収穫を体験して、次に収穫したモモをその場で食べてみることになった。
農園の方たちが簡易的な調理場を準備して、綺麗にモモを剥いてくれる。
「本当はモモを剥くのがとっても上手な人がいるんですけど、ちょうど体調を崩してお休みしてて、私たちでごめんなさいね〜」
モモを剥きながら女性がそんな言葉を口にして、ハルカは首を横に振ると共に心配になった。
「いえ、剥いていただけてありがたいです。ただ、その方は大丈夫でしょうか」
「多分そのうち元気に戻ってくると思いますよ」
「でも最近、体調を崩す人が多いわよね〜」
「やっぱりあれだろ。魔物がすぐ近くにいたのが問題なんじゃないか?」
「気疲れかしら〜」
「貧弱なやつらが多いもんだ。戻ってきたら鍛え直してやらなきゃなんねぇな」
途中からは農園の者たちによる会話になり、体調不良者が多いという話にやはり心配になる。しかしハルカが眉を下げていると、代官がフォローをしてくれた。
「ハルカ様が瘴気溜まりを消し去ってくださいましたから、皆もすぐ元気になるでしょう」
その言葉に農園の人たちも同意して、ハルカはやっと安心できた。
「それなら良かったです。早く皆さんが良くなることを祈っています」
「ハルカ様が祈ってくださったら、明日には全員良くなってるかもな!」
「はははっ、違いねぇ」
「絶対そうよ」
皆が笑って、その場の雰囲気が明るくなる。するとモモが剥き終わったようで、ハルカたちは収穫したてのモモを目一杯楽しんだ。
「本当に美味しいね。ラクサリア王国にも輸入したいぐらいだ」
ソフィアンが呟いたその言葉に、代官が嬉しそうに口を開く。
「ぜひ輸入をお考えください。王都にもたくさん送ってますし、輸送のノウハウはありますよ」
「ありがとう。国に帰って落ち着いてからになるけど、検討しよう」
「ありがとうございます」
最後にはそんな話をして、収穫見学は終わりとなった。対応してくれた農園の者たちが全員で見送りに来てくれて、ハルカは馬に乗って大きく手を振る。
「皆さん、ありがとうございました。これからは平和な日々を過ごしてください!」
「ハルカ様、本当にありがとう!」
「またいつでも来てください!」
ハルカたちの姿が完全に見えなくなるまで、見送りの皆は手を振り続けていた。
ハルカたちは農園を後にしたらすぐ街を出て、さっそく次の目的地へ向かう。
「ハルカ、次はこの街道をずっと先に行くよ。馬で走って二日後には着くかな」
「分かりました。今夜泊まる街は決まっていますか?」
「もちろん。ただ少し遠いから、着く頃には暗くなっているかもしれない」
「では、少し急ぎましょうか」
その決定をハルカは側近や護衛、さらにハーディ王国の騎士たちにも伝えて、聖女一行は次の瘴気溜まりに向けて馬で駆けた。
ハルカの浄化の旅は、まだまだ続く。