118、夕食会と農園へ
しばらく休んだら、さっそく広い食堂で夕食会だ。代官とその家族、それからこの街の上官が数名に、ハルカとソフィアン、フローランなど聖女一行の中心となる者たち。
大勢が参加しての夕食会は、とても穏やかな雰囲気で始まった。スープや前菜から始まるコース料理のような食事だが、そこまで堅苦しい雰囲気ではない。
「お口に合わないものがございましたら、すぐに仰ってください」
代官が気遣いをしてくれるが、ハルカは何の問題もなく食事を楽しんでいた。
「お気遣いありがとうございます。ただどのお食事もとても美味しいです」
ハーディ王国の食事はあまりラクサリア王国と変わらず、ハルカの口にも合っているのだ。強いて挙げるとすれば、ハーディ王国の方が魚料理が多いぐらい。
「それならば良かったです。料理人も喜ぶでしょう」
それからも穏やかな雰囲気で会話を続けながら食事は進み、すぐに最後のデザートとなった。運ばれてきたデザートは、剥かれた果物のようだ。
「こちらはモモでございます。実はこの街は果樹栽培が盛んでして、大規模な農園があるのです。ちょうど今が収穫時期のため、美味しく召し上がっていただけるでしょう」
誇らしげに説明してくれた代官に微笑み、ハルカはモモに視線を落とした。艶々と輝いていて、瑞々しくてとても美味しそうだ。
(日本のモモと、見た目はあまり変わらないみたい)
「では、いただきます。――んっ」
モモを咀嚼しながら、ハルカは目を大きく見開く。予想していたよりも甘くて瑞々しくて、しかししつこくなくて、とても美味しいモモだったのだ。
「これは、美味しいですね」
「本当だ。とても美味しいね」
ハルカに続きソフィアンもモモを褒め、代官はニコニコと嬉しそうな笑みを浮かべた。そして心が浮き立つままに提案する。
「明日の朝も収穫しておりますので、ぜひ見学をされてください。朝早くから収穫し、王都にたくさん輸送されているのです」
「そうなのですね。……ソフィアンさん」
できれば見学したい。そんな気持ちを込めて隣に座るソフィアンをハルカが見上げると、ソフィアンは苦笑しつつ頷いてくれた。
「あまり長い時間でなければ問題ありませんよ」
「本当ですか! では、ぜひ見学させてください」
「かしこまりました。農園の者たちに通達しておきます。もしよろしければ、いくつか収穫もなさってみてください。採れたては美味しいのです」
「ありがとうございます……! とても楽しみです」
ハルカは日本にいた頃から、果物の収穫体験が好きだったのだ。大人になって余裕ができたら、旅行がてら各地の名産品である果物の収穫体験をするのが密かな夢だった。
そんな夢が異世界で叶うことに、頬が緩むのを抑えられない。
「そんなに喜んでいただけるとは」
代官はまるで孫を見るような視線でニコニコとしていて、ほっこりする空気で食堂が満たされた。そしてそのまま夕食会は終わりとなり、ハルカたちはそれぞれの客室で眠りにつく。
そして翌朝。ハルカはうきうきとしながら朝の準備を済ませると、朝食を素早くとって収穫見学に向かう準備をした。
代官邸の者たちもハルカたちの見学に同行するようで、大人数で朝の街中を移動する。しばらく移動して着いたのは、街の外れに位置していた広い農園だった。
「うわぁ〜、この広さ全部にモモが生ってるんですか?」
「はい。ここは全てモモの木ですね」
ハルカの疑問に代官が答えていると、農園の中から数人の男女が姿を現す。作業着を着て首にはタオルを巻き、まさに農家という出立ちだ。
「ハルカ様、お待ちしてました。ようこそ俺たちの農園へ!」
一人の男性が少し緊張している様子でそう告げて、照れを誤魔化すように鼻の下を擦る。ハルカたちを迎えるセリフを、昨日から考えていたのだろう。
歓迎の意を示してくれることが嬉しくて、ハルカは満面の笑みで口を開いた。
「お出迎えありがとうございます。今日は短い時間ですが、よろしくお願いします。昨日の夜にモモをいただいたのですが、本当に美味しかったのでとても楽しみにしていたんです」
「そう言っていただけると、本当に嬉しいです。では、さっそくどうぞ」
そうして好意的に受け入れられたハルカたちは、代官たちと共に農園に足を踏み入れる。農園の様子は、日本のテレビなどでよく見ていたものと大きな差異はない。
「ソフィアンさん、ラクサリア王国の農園もここと同じような作りですか?」
「そうだね。似たようなものだよ。ただここで作られているモモは、ラクサリア王国で主流のものとは種類が違うかな。こちらの方が水分が多く柔らかいモモだったね」
「モモにもいくつか種類があるんですね」
日本にもたくさんの種類があったなとハルカが思い出していると、目的の場所に着いたようで農園の男性が一本の木を示した。
「本日はこちらの木の収穫を見学していただこうと思います」