116、ハルカの旅の様子は
マルティナたちがまだハーディ王国からの情報を得ていない頃。ハルカはハーディ王国に到着し、順調に浄化の旅を進めていた。
「ハルカ、そろそろ目的地に着くよ。今日は山の麓にある瘴気溜まりを浄化したら、その近くにある街で一泊になるかな」
ソフィアンの説明を聞いて、ハルカは少し不思議に思い首を傾げる。
「近くにある街は今でも人が住んでいるのですか?」
「うん、住んでいるようだよ。ちょうど瘴気溜まりと街の間に川があるんだ。それで街にはほとんど被害がないらしい」
「それは、本当に良かったですね……」
「不幸中の幸いだね」
そんな話をしながら山の麓に着いたハルカたちは、馬から降りて目の前に広がる大きな森を見つめた。
「ここまでも結構魔物が多かったですが、森の中はヤバそうですね」
「どんどん魔物が出てくるみたいだ」
魔物の広がりを抑えようと、ハーディ王国の騎士たちが広く布陣を組みながら必死に魔物を討伐している。しかし魔物の勢いに押されているようで、かなりギリギリの状態のようだ。
ハルカの浄化の旅に同行しているハーディ王国の騎士たちは、仲間の被害を目の当たりにして唇を噛み締めた。
そんな中で、ハルカが告げる。
「皆さん、さっそく浄化を行いたいと思います。まずは無数に存在しているだろう魔物を蹴散らしながら、森の中にある瘴気溜まりまで辿り着きましょう。わたしが先頭で道を切り開くので、皆さんは後に続いてください。また森の中で馬は動きづらいので、歩きで行きます」
ハルカの指示に、ハーディ王国の騎士たちは即座に頷いた。ここまでの浄化の旅で、ハルカへの信頼はとても大きなものになっているのだ。
それにハーディ王国はリール語が公用語であり、通訳を介さずに言葉が通じるというのも大きい。
「ハルカ様が浄化中は我々がお守りしますので、ご安心ください!」
一人の騎士がそう告げ、他の騎士たちも握りしめた拳を天に掲げた。
「必ずお守りします!」
「お任せを!」
そんな言葉に苦笑混じりの笑みを浮かべたハルカは、ソフィアン、フローランなど側近と、多くの騎士たちを連れて森に足を踏み入れた。
山の麓に広がる森は鬱蒼と生い茂っており、日が傾き始める時間帯ということもあってか、森の中は薄暗い。
しかしそんな森に、眩い光が満ちた。
ハルカの攻撃魔法だ。
絶え間なく遭遇する多種多様な魔物を、ハルカの光線は即座に貫いた。シュンッというどこか軽い音が響いたと同時に、魔物は急所を貫かれて地に伏せる。
何度見ても信じられない、どこか神聖ささえ感じるその光景に、ハーディ王国の騎士たちは目を奪われていた。
「本当に、強いな……」
「強いなんてもんじゃないだろ。もはや俺たちとは全く違う段階にいるんだよ」
「分かる……同じ人間とは全く思えないよな」
「というか、さっきから倒してる魔物、知らないやつしかいなくねぇか?」
「俺も思ってた。森の外に出てきてない魔物も結構いるみたいだ。死骸の処理が大変だぞ」
そんな会話をしつつも、警戒は解かずにひたすら森の奥へと進み……しばらくして瘴気溜まりに辿り着いた。しかしその周囲はまさに魔物の巣窟と呼べるもので、ハルカがいなければ全滅を覚悟するような状況だ。
光の奔流を放ってごっそりと魔物を倒していくハルカだけでなく、騎士たちも必死に応戦する。
「また、大きな瘴気溜まりですね……消滅させるのに数十秒はかかります。その間の魔物への対処はよろしくお願いします!」
「はっ!!」
ハルカの呼びかけに騎士たちが声を合わせて応え、ハルカは目の前にある巨大な瘴気溜まりに手を伸ばした。ハルカが触れた瞬間に、瘴気溜まりへと眩い光が流れ込む。
「いつ見ても素晴らしい光景だ」
そう呟いたのはソフィアンだ。皆が必死に戦いながらも瘴気溜まりの行方を見守り、数十秒後には跡形もなく消え去った。
暗くどんよりとしていた森の中が、少しだけ明るくなったような気がする。
「よしっ、これで大丈夫ですね。皆さん、瘴気溜まりは消滅しました!」
「うおぉぉぉ!」
「ハルカ様、ありがとうございます!」
ハルカの宣言で一気に場の空気が明るくなり、騎士たちの動きも鋭くなった。
「森の中にひしめく魔物を、少しでも減らしてから森を出ましょう!」
「はっ!」
それからしばらくは討伐を続け、ハルカたちの周りに倒れた魔物しかいなくなったところで、ハルカがよく通る声で告げた。
「そろそろ終わりで良いでしょうか」
それに答えたのは、ハルカに同行しているハーディ王国騎士隊の隊長をしている男だ。
「はい。後は我が国の騎士たちが少しずつ魔物を倒し、この森を正常に近づけます」
「分かりました。よろしくお願いします」
役目を終えたハルカは達成感に包まれながら、辺りをぐるりと見回した。細かい怪我をしている騎士はいるが、重症の者はいないようだ。
数人が魔物図鑑を必死に捲って倒された魔物の種類を確認し、その名前や特徴をメモしている。
ハルカがいると魔物の種類が分からずとも、力押しで倒せてしまうので、これからも続くハルカなしの魔物討伐のためには、魔物の種類把握が大切なのだ。
また魔物の処理をするためにも、毒の有無などは調べておかなければいけない。
(マルティナがいると、魔物の名前や特徴が一瞬で分かっちゃうんだから凄いよね)
ハルカがそんなことを考えながらも、騎士たちから目を離そうとしたところで、周囲の状況を探っていた騎士たちの一部からどよめきが起きた。
「うわっ」
「……キツイな」
「何の魔物だ?」
どよめきが起こった方に皆が視線を向ける中、隊長が声を張る。
「何があった!」
「すみません! ちょっとした窪みに見たことない魔物が倒れてたんで確認したら、すでに腐敗が始まってたやつでした!」
腐敗が始まっているということは、少なくとも数日ほど前に他の魔物との争いに負けた魔物だろう。瘴気溜まりの周囲では常に魔物同士での争いも発生しているため、全く不思議ではない。
しかし基本的に倒された魔物は他の魔物の餌になってしまうので、腐敗するまで放置されているというのは少し珍しいことだ。
「どんな魔物だ?」
隊長もわずかな不信感を覚えたのか、魔物の特徴を聞いた。
「えっと……体の大きさは、人間が手を広げたよりも少し大きいぐらいです。多分四足歩行の魔物で、手足が短くて細い割に胴体は意外と太い感じに見えます。皮膚の色が青で、顔は鼻でしょうか。そこが細長くなってます。後は虫が凄く群がっていて、分かりづらいです」
「聞いたこともない魔物だな……」
報告を聞いた隊長は険しい表情を浮かべながらも頷き、その魔物の近くにいる騎士たちに指示を出す。
「分かった。一応今確認した特徴はメモしておけ。また魔物図鑑でも調べるように!」
「はっ!」
そんなやり取りを聞いていたハルカは今まであまりなかった腐敗した魔物という存在に顔を顰めつつも、そこまで気にせずソフィアンを見上げた。
魔物を倒すということには慣れても、腐敗した魔物という存在には極力近づきたくなかったのだ。
「ではソフィアンさん、そろそろ街に向かいますか?」
「そうだね。のんびりしていると日が暮れてしまうから、街に向かおう。街の人たちも朗報を待ち望んでいるはずだよ」
「早く伝えてあげたいですね」
そうしてハルカたちは一仕事を終えて、近くの街に向かって移動を始めた。