7話 新参者は絡まれる、よくあること。
「わっかりやすいなあ」
屋台のおばちゃんから買ったミズシマっていう果物を齧りながら歩いていると、冒険者ギルドにたどり着いた。
どうでもいいがこの果物、歯ざわりはリンゴなのに味はグレープフルーツだ。
美味いけど、なんか違和感。
さっきオレが入ってきた門から真っ直ぐきた結果だ。
迷いようがねえな、果物代損したかな……ま、うまいからいいか。
どうやらこの街は、門から真っ直ぐに大通りがあって、中心部があるようだ。
中心部からは放射状に道路が四方に伸びていて、その終点にはそれぞれ門があった。
そして冒険者ギルドは、中心部の開けた区画にある。
なんでわかるかって?
思いっきり看板に【冒険者ギルド、アンファン支部】って書いてあるからだよ。
石造りの頑丈そうな建物だ。
規模は……うん、一般コンビニの4倍かな。
縦にも横にもそんくらいだ。
さっきまで周囲にいたのとは、また違った連中が多い。
いや、人種って意味じゃなく装備がだ。
革の鎧を着込んでたり、槍やら剣やら斧やら持ってたりな。
なるほど、確かにイメージぴったしの『冒険者』だ。
俺の格好はどう見えるのかね?
背嚢があるから旅人には見えるだろうが、戦士って見た目じゃないもんな。
ま、このままここにいても仕方がない。
とっとと入ろうか。
「うわ酒くっせ」
元から扉が存在していない入り口をくぐると、鼻を突くアルコール臭。
こんな昼間っからマジかよ?
「納得」
中に入ると、左右で様相が違っていた。
向かって左側は広い空間。
壁には掲示板がいくつもあり、奥には役所のカウンターみたいな場所がある。
そのカウンターには、揃いの制服を着た人間がひいふう……6人いて、その前には冒険者連中が並んでいる。
そして向かって右側。
丸テーブルがいくつも並び、その周囲には車座になった何人もの冒険者。
どいつもこいつも赤い顔でジョッキを持ち、馬鹿笑いしたり大声を上げながらすっかり出来上がっている。
……冒険者ギルドってのは、酒場が併設されてんのが普通なのか?
だが、酒臭い理由はよくわかった。
今、あっちにゃ用はない。
登録だ、登録。
左の方へ歩いていく。
オレのブーツには拍車が付いていないので、静かなもんだ。
あのチャリンチャリンって音は大好きだが、馬もいないのに音だけ出しても空しいだけだしな。
……馬、いるんだろうかこの世界。
そういえば馬車とか見てねえぞ。
いるならいつか乗りてえなあ。
乗馬の経験はあるし。
受付に行く前に、掲示板を確認する。
ほーん、色々あんなあ。
迷惑かけても悪いから、邪魔にならんように人が少ない所を見てみよう。
『庭掃除』『下水掃除』『店の掃除』
掃除ばっかりじゃねえか。
ここは清掃依頼のエリアみたいだな。
報酬も銅貨5枚とかそんなんばっかりだ。
んじゃ、横は……
『ウラク草納品』『ゴゴル茸納品』『ハラキ草納品』
ふんふん、こっちは薬草とか植物の納品エリアね。
掃除より報酬が高いのは、街から出ないといけないからか?
それでもあんまり高くねえが。
んじゃ、次。
『草原狼討伐』『ゴブリン討伐』『コボルト討伐』
おー!異世界っぽいな!
どこにでもいんだな、ゴブリンって。
馴染みのある名前だから、わかりやすくていいけどよ。
コボルトってのはたしか、2足歩行の犬のバケモンだっけ?
お、やっぱり討伐系は報酬が高いねえ。
最低でも銀貨からだぜ。
んで、次はっと……お?
『銀以上限定』
なんか注意書きが貼ってあんな。
銀以上ってなんだ?
依頼は護衛とか討伐とかごっちゃだが、報酬が今までよりダンチだぞ。
特別な区画か?
「そこはルーキーにゃ、まだ早いよ」
「お?」
謎掲示板を見ていると声をかけられた。
少し掠れた女の声だ。
慌てて振り向くと、目の前に褐色の巨乳があった。
……ほうほう、中々のモンだ。
地球じゃあ洋モノでしかお目にかからねえレベルの……
じゃねえ!?
「見慣れない格好だね、旅人かい?」
「あ、ああ……さっきついたばっかでね、どうも」
視線を上げて、ようやく目が合う。
そこには、身長2メートルを優に超えた女がいた。
いかにも重そうな金属の小手や脛あてを付けているが、胴体は面積の狭い皮鎧……っていうかほぼ水着じゃねえか、それ。
そこらのビルダーが裸足で逃げ出しそうな筋肉だが、ちゃんと女としての色気もある。
……なんで腹筋バキバキなのに乳まででけえんだ?
異世界って……すげえ。
「なんだい、オーガを見るのは初めてかい?」
くすんだ赤色の髪の隙間から、立派な角が左右ににょっきり生えている。
オーガ、ね。
前に遊んだRPGじゃあ、その名前は女騎士を犯してそうなバケモンの物だったけどな。
こっちのオーガは随分と魅力的だ。
バストサイズは絶対3桁超えてんな、素晴らしい。
「いや、アンタがあんまりいい女なんで見とれちまった」
「ハッハ!そうかい!」
女は馬鹿笑いするとオレの肩をぶっ叩いてきた。
いっでえ!?脱臼したらどうしてくれんだ!?
「へえ、ちょっとは鍛えてるようじゃないか……さっきついたってことは、これから登録かい?」
「ああ……根無し草でも働けるのはここだって言われたんでな」
この女、馬鹿力だが結構いい奴だな。
巨乳だし。
巨乳に悪いヤツは……いるかもしれんが、騙されても巨乳なら許せる!
「そうかい。ここは銀級……ま、中堅以上限定の掲示板だよ。登録したての新人にはちょいと無理さ」
「ああ、なるほどな。ありがとよ」
銀級が何かは知らんが、見ているだけだったしな。
ランクアップ制度でもあんのかね?
銀とくれば、スタートは通貨よろしく銅からか?
ま、先の話だな、先の。
「すまねえな、あねさん。また会ったらよろしくな」
「あいよ、その時あんたが生きてりゃね。死んでたらきっちり埋めてやるよ」
オーガ女に手を振ると、縁起でもない返事が返ってきた。
笑えねえ……この世界じゃ普通のジョークだってのか?
「そいつは、たいそういい供養になりそうだ」
オレはそう苦笑いし、受付に向かって歩き出した。
生き死には前の世界より身近そうだな、ここ。
……しかしすっげえ巨乳だったな、巨乳。
アレを拝めただけでも異世界に来てよかったぜ。
異世界巨乳、最高。
「冒険者登録したいんだが、ここでいいのかい?」
「はい、こちらです」
適当な列に並ぶことしばし、俺の順番が来た。
目の前にいるのは、30代中盤くらいの女性。
ケモミミは生えていないが、なんと額に目がある。
多種多様……多様性の塊だな、この世界。
「読み書きはできますか?もし無理なら代筆をしますが……」
「いや、大丈夫だ」
なんというか、鉛筆っぽいペンと荒い作りの紙を渡された。
これに必要事項を記入していくらしい。
モンコにもらった『翻訳の加護』は書く方にも対応できるようで、俺は日本語を書いているつもりでも相手にはちゃんとこの世界の文字に見えるらしい。
識字率も低いっぽいし、やっぱ異世界で翻訳はチートだわ。
えーとなになに……名前、出身地、習得技能、ね
これしか項目ねえのか。
無料で登録できるって話だし、この程度かな。
名前はウエストウッド、出身地はミディアノ、ゲルン城塞都市っと。
習得技能ねえ……【英検2級】【普通自動車免許】【小型特殊免許】【危険物取扱丙種】……これは、書けるわけねえな。
魔法はもちろん使えねえし、武術なんざ学んだことねえ。
うーむ……書くことがねえな。
あ、この世界識字率低いよな。
あと教育レベルも……ってこたあ。
【読み書き】【計算】っと。
これでいいか。
【ジェーン・ドゥ】のことは……書かなくていいか。
馬鹿正直に性能まで全部書いても何もいいことはなさそうだ。
これは隠しとこう。
その方が格好いいし。
「これでいいかい?」
「拝見します……ミディアノのご出身、ですか」
何ノーモーションで個人情報ばら撒いてくれてんのオネーサン!?
声結構でけえぞおい。
冒険者ギルドのコンプライアンスはどうなってんだよ。
たぶん周囲には聞こえたな、絶対。
「ああ、一市民だった。ここまで流れてきてな」
「そうですか……」
が、この様子じゃそんなところに食ってかかっても変人扱いされるだけだな。
オレもそこまで馬鹿じゃない。
嘘経歴ごときに目くじら立ててもしょうがねえやな。
「変わったナイフを装備されておいでですが、戦闘経験は?」
「そこそこだな。単独でヒイコラ旅ができる程度には」
「承知しました」
ホルスターはポンチョで隠れているので、詰問の対象にはなっていない。
逆にマチェーテはこれ見よがしに刀よろしく差してるがね。
「それでは、ここにお手を」
カウンターの内側から、半透明の半球水晶っぽいものが出された。
手っぽい形にガイドラインが引かれてるな。
そこに手を乗せると、水晶が一瞬発光。
オネーサンの横にある両替機っぽい機械から、トランプ状の紙が出てきた。
急にハイテク風味だな……なんだありゃ。
「これが、ウエストウッドさんの【仮冒険者カード】です」
「……仮?」
「はい、このカードを所持した状態でいくつかの依頼を達成していただければ、【冒険者カード・銅】を発行します。それをもって正式な冒険者登録とさせていただきます」
あー……なるほどねえ。
つまり試用期間ってことか。
どうりで無料なわけだ。
働かせてモノになるか確認するって寸法な、はいはい。
どうりで安っぽい作りしてるわけだ、コイツ。
「なるほどな、わかった」
「仮の方々が受けていただける依頼は、後ろの壁の左端2つに限定されていますので、お忘れなきようにお願いします」
たしか『掃除』と『採集』のあったあたりだな。
ペーペーの新人にいきなり戦わせるほど鬼じゃねえ、ってことか。
「わかった。長い付き合いになるよう努力すらあ」
「はい。こちらもそれを望んでいます」
頭を下げる受付嬢に、軽く手を振る。
冷たい感じだが中々いい女だな。
貧乳だが、美人は美人だ。
異世界三つ目美女、最高。
さて、まだ日が高いし『掃除』の依頼でも受けとこうかね。
実入りはショボいが、金には違いない。
なーんかからっけつになってもモンコが助けてくれそうな感じはあるが、さすがに神サマに金を集るのは不遜っぽいしな。
不治の病にでもなったら助けてもらうかね。
せいぜいそれまではしっかり体で稼ぐとするか。
指定された掲示板に向かおうとすると、誰かが目の前に立ちふさがった。
3人組の男だ。
10代後半から20代前半っぽいそいつらは、どいつもこいつも性根の腐った顔をしている。
おー……西部劇でもおなじみの余所者イジリ展開か、これ?
オレがちょっとウキウキしていると、年長の男が口を開いた。
「よォ、滅んだ国の生き残りが何の用だ?ゴミ拾いか?」
「―――口が臭ぇよあんちゃん、ママにキチンと歯ァ磨いてもらったのか?」
オレは、間髪入れずにそう言い返した。
こういうのは、前の世界でもここでも変わらねえ。
喧嘩ってのは舐められたら、終わりだ。
しょっぱなから、カマすぜ。
・・☆・・
『ヒューッ!!決まった!!!』
『うあ、暴れんじゃねえって見えねえだろうがよ!』
『さっすが好奇心の遣いだ!トバすねえ!!』
『アイツはやる男だって言ったろォ?』