第三話 再会
推しのタクト様と初めて会った日から随分と月日が流れた。学園に入る迄はヒロインも登場しないだろうし、シナリオも大きな変化が起こる事はないだろう。今日はお天気も良かったので久々に買い物に行きたくなり、侍女のスワンに馬車を用意して貰って、わたしは街へと出掛けた。
街に着くと馬車は街の入口付近に待機させて、護衛として連れて来た従者のビリーと一緒に店を回る。本当はスワンと一緒に女同士で買い物したいけど、これでも一応伯爵家の人間なのでそうもいかない。つまんないよねー貴族って。
「お嬢様、次は何処に行かれますか?」
「そうねぇ……確か新しいパン屋が出来たって聞いたから、そこに行ってみたいわ」
ビリーと次の段取りを話し合ってると、背後から聞き慣れた声が聞こえて来た。
「ゼフィー、奇遇だな」
あぁ、会いたくない奴に会っちゃったなぁ……。溜息交じりに振り向くと、三つ歳上の幼馴染レオナルド・シャロンが立っていた。長い赤毛を後ろで一つに纏めて、サイドに少量流した毛を指でクルクルと弄っている。髪とお揃いの紅い瞳は真っ直ぐわたしに向けられていた。出たよ、ナルシスト!
「あらー本当に奇遇ですわね、レオ様」
作った笑顔をレオに向けて、心の中では早く帰れ! と念じる。
「買い物かい? この私が付き合ってあげるよ」
昔からのこの上から目線、何とかならないかしら。マジでウザイんだけど。わたしもモブだけど、レオ様も完全なモブ伯爵令息なんですけど!いい加減気付いて、その指クルクルもやめて欲しいわ。
「もう帰る所ですから、ご心配なく〜」
「ならば私の馬車で邸まで送ろう」
げ……そう来たか。何でレオの馬車で帰らなきゃいけないのよ。わたしだって自分家の馬車がちゃんとあるっつーの!
「大丈夫です〜お構いなくぅ」
「可愛いゼフィーに何かあってはいけないから送らせてくれ」
クルクルしながら可愛いとか言うな!鳥肌立っちゃったじゃないの。もう、しつこいなー。レオ様を追い払う手は無いのか策を練っていると、視界の端に深いネイビーブルーの髪が飛び込んで来た。え……何でここに居るの?
「ピスケリー嬢、何かお困りの様子だけど大丈夫?」
突然現れたキラキラフェイスにその場の空気が変わる。さすが攻略対象者。立ってるだけで絵になるわ。
「タクト様! お久し振りです」
「うん、久し振りだね。何か揉めていた様に見えたけど……」
チラリとタクト様がレオ様に目をやる。視線を受けたレオ様は顔を青くして指のクルクルが止まる。
「ローゼン様、私達は別に何も揉めてなど……」
「えーと、君は確か……シャロン伯爵家のご子息だったかな? 女性を困らせる様な振る舞いは如何かと思うよ」
「レオナルドです、ローゼン様。お言葉ですがゼフィーは私の婚約者ですから、お気遣いは無用です」
はぁ⁉︎ 何勝手に婚約者にしてくれちゃってる訳? 思わず抗議しようと口を開きかけたら、タクト様がわたしに問いかけて来た。
「……そうなのか? ピスケリー嬢」
「ち、違いますっ。ただの幼馴染です」
慌てて全力で否定する。こんなのが婚約者と思われたら、たまったものじゃない。タクト様はわたしの後ろに居るビリーと、レオ様の従者にも確認を取ると改めてレオの方に向き合った。
「違うみたいだけど? 嘘はいけないなレオナルド」
「いっ、今はまだ違うだけで、近々そうなるんだよ!」
「ならないってば、レオ様!」
「何を言ってるんだゼフィー。私を好きなのはちゃんと知ってるから照れる必要は無い」
もう埒があかない。ホント何なの、この人! しかもタクト様の前でこんな醜態晒すなんて。申し訳ないからタクト様には先に帰って貰った方が良さそうだわ、と視線をタクト様に戻すと……バチリとコバルトブルーの瞳と目が合った。そして、おもむろにタクト様の手がこちらに伸びて来て何故か肩を抱かれる。
「……悪いけど、ピスケリー嬢はおれと付き合ってるんだ。だから君の出番は無い」
――――ピシッ!
一瞬でその場の空気が固まった。いや、わたしの身体も固まった。タ、タクト様の手が! 身体が! わ、わたしに触れているんですけど⁉︎ てゆーか、わたし! 今度はタクト様と付き合ってるの?
どーいう事ぉおおおお! モブなんですけどぉ!