第二十三話 突撃
「お嬢様、お手紙が届いております」
スワンの言葉にまた殿下からかしら? と首を傾げて受け取ると、何やらもの凄く可愛らしい封筒。……でも何だか見覚えある封筒だわ、と思いつつ裏の封蝋を見てみると家紋は王家ではない。かと言ってローゼン公爵家でも、自分の友人の家紋でもない。見覚えのない家紋に益々首を傾げてみる。
んー、この家紋ってどこのだったかしら? 取り敢えず開封して中の手紙を取り出してみる。便箋もとても可愛らしいものだ。でも、この便箋て……と考えを巡らせながら読んでみる。
「うっ…………」
思わず唸り声を上げてしまったわたしにスワンが「どうしました?」と近寄って来た。
「いえ、先日の……あのご令嬢からみたいなの」
「先日――――あぁ! あの、はちゃめちゃ……いえ、風変りなご令嬢ですか」
そう、手紙はヒロインことパチェット男爵令嬢からだった。どうりで便箋に見覚えある筈だ。わたしがお薦めしてご購入されていた便箋だわ。家紋を知らなかったのは男爵家だったからだわ。伯爵家以上の家紋は全部覚えているもの。
「それで、何と書いてあるのですか?」
「この間のお礼にウチに訪問したい、って」
「なんとまぁ、面倒臭いお手紙でございますわね」
「ふふ、そうね」
スワンの飾らない言葉につられて笑ってしまう。そう、マジで面倒臭い。ヒロインと必要以上に関わるなんてご免だ。早速断りの返事を書こう……と机に向かった時だった。慌てた様子でメイドの一人が扉をノックして来た。
「どうしたのですか、はしたない」
わたしのアイコンタクトを受けたスワンが扉を開けてメイドのソーニャを中へと入れる。扉を開けた事によって、廊下から何やら騒がしい音が聞こえてくる。――――なんか、こんな光景前にもあったな。
「そ、それがですね、お嬢様。お、おもてに、お嬢様のお友達だという方が見えてまして……」
「お友達?」
今日、わたしの友人が訪ねてくる予定なんて無かった筈だ。それに友人たちなら使用人たちも面識があるから分かるだろうし。
「どなたなのですか、ソーニャ」
「それが、よく分からないんですよ。何か男爵家の令嬢だとかおっしゃってるんですけど」
スワンと顔を見合わせる。男爵家のご令嬢……嫌な予感しかしないんだけど。
「とにかくお帰り頂きなさい。お嬢様はお会いになりません」
「で、ですが……もう……」
ソーニャがそう答えたと同時に鈴の様な可愛らしい声が廊下に響いた。
「アスチルゼフィラ様ぁ~! こんにちわぁあああああああ!」
使用人たちを押しのけて、無理矢理乗り込んで来たヒロイン……パチェット男爵令嬢がピンクの髪を揺らしながら、嬉しそうに廊下を駆け寄って来たのだった。
◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆
「……どうぞ」
スワンが無表情のままお茶の用意をしてくれた。わたしの向かい側のソファーに座るヒロインに冷たい視線を浴びせながら、茶菓子を出した。スワン、笑顔! 笑顔を一応、貼り付けて!
「わぁ、ありがとう~」
不法侵入まがいの突撃訪問をしてきたヒロインは、スワンの視線にも気づかずにニコニコとお茶の入ったカップに手を伸ばしている。一旦、廊下に下がったスワンはヒロインが連れて来た男爵家の侍女と話し合いをするらしい。
「あの、ミンスロッティ様。今日はいきなり、どうされたのですか」
本来なら親しくもない、しかも自分より家格が上の邸に突然訪問して良い訳がない。
「え、行きますよ~ってお手紙出しましたよ」
「は……?」
手紙って、さっき受け取ったアレだろうか。そもそも、読んだばかりでまだ返事も書いてないのだけど。
「届いてません?」
「いえ、届いてはおりますが……さっき受け取ったばかりで、今からお返事を差し上げようとしていたところだったものですから」
「そんな丁寧に返事なんて大丈夫ですよぉ~。私、細かい事は気にしませんから」
いや、こっちが気にするわ! 返事要らないって何なのそれ。
「……はぁ。それで、一体どういったご用件で?」
何だかこのヒロインと話してると頭が痛くなる。常識外れだとは思ったけど、これは……前世でもかなりの自己中な性格だったんじゃないだろうか。
「お礼したいな、って思っただけですぅ~。て事で、これどうぞ」
ポケットから小さな包みを取り出して、差し出された。わたしは何とか笑顔を作ってそれを受け取る。
「開けても良いですか?」
「はい、どうぞどうぞ~」
そっと包みを広げると、そこには小さな髪留めが入っていた。黄色のバラの花がモチーフのパッと見た目は可愛らしい髪留めだ。
「とっても可愛いでしょ? アスチルゼフィラ様に似合うと思って選んだんですぅ~」
「あ……あり、がとうございます」
わたしはコレ、知っている。ゲームの中でヒロインが森の中で秘密のお店を見つけるのだが、そこで売っているマジックアイテムの一つだ。好感度を上げ過ぎた攻略対象者と会う時に、コレを付けていると少しずつ相手の好感度が下がるっていう代物だ。
ちなみに黄色いバラは“愛情の薄らぎ”という意味が込められている。
「ぜひ、毎日付けて下さいね!」
うふっ、と笑いながらヒロインはお茶のカップに口を付ける。こいつ……このアイテムの意味分かってて渡してるわね。て、コレがお礼かい! けんか売ってるよね絶対。
「あ、そうだ。この間、ご一緒に居た男性って、アスチルゼフィラ様の恋人って本当ですかぁ?」
ふいにタクト様の話題を振られて、緊張が走る。わたしがタクト様の寵愛を受けている事は、ちょっと調べればすぐに分かる事だ。今日の本当の目的は、そっちって事ね……。
「……あなたにお答えする必要があるのかしら?」
わざと冷やかに返すと、ヒロインの大きな瞳がスッと細められた。でもそれは一瞬の事で、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「やだぁ~警戒しないで下さいよぉ。素敵な恋人が居て羨ましいな~って思っただけですからぁ」
「…………」
「私もそんな素敵な出会いが欲しいな~って思って。どうやって出逢われたんですか?」
「……もうお帰り頂けるかしら。わたくし、少し疲れましたの」
ヒロインの返事を待たず、スワンを呼ぶ。
「お客様がお帰りよ、玄関まで送って差し上げて」
「えっ、もう少しお喋りしましょうよ~」
「ミンスロッティ様、もう二度と返事無しに訪問されるのはお止め下さいね。貴族令嬢としてもう少しマナーを学ばれる事をお勧め致しますわ」
「はぁ? 何よ~モブの癖に偉そうに……」
あ、モブって言ったわね。てか、モブはモブでも伯爵令嬢ですからね! 男爵令嬢よりずっと身分は上なんですからね。
「ミンスロッティお嬢様、いい加減にして下さいませ! 本当に失礼ばかりで大変申し訳ありませんでした。二度とこちらにはお邪魔させませんので……」
ヒロイン付き侍女がこれ以上に無いくらいに青ざめながら謝罪し、我が家の執事たちと総出でヒロインを部屋から連れ出して行った。
「はうっ…………疲れた……」
「お疲れ様です、お嬢様。お茶を淹れ直しましょうか?」
「そうね、ハーブティをお願い」
「畏まりました」
なんだかさっきは悪役令嬢みたいな口調になっちゃったわ。あのヒロインと話してると、こっちがおかしくなりそう。もうヤダ、まじで勘弁して欲しいわ。




