第十六話 初デート②
馬車は甘~い空気を乗せたまま、貴族の邸宅が並ぶ地区を抜けて郊外の方へと走って行く。暫くすると、木々の隙間からキラキラと輝く水面が見え隠れした。大きな湖畔へと馬車は辿り着き、静かに止まった。
先に降りたタクト様にエスコートされて、馬車から降りる。
「少し歩くけど大丈夫?」
「はいっ」
差し出された手を取ると、ぎゅっと指と指を絡めて手を繋ぐタクト様。うわっ、こ、恋人繋ぎってやつですよ、コレ! 馬車の中でもずっと手を繋いではいたけど、これはこれでまた新鮮だ。どうしよう、タクト様からの「君が好きだ」攻撃が激しいわ。
「色々とデートプランを考えたんだけど、今日はここでピクニックでもしようかと思って」
「わぁ、ピクニックですか? 楽しそうです」
二人並んで湖沿いの道を歩く。前もこうやって一緒に並んで歩いた事はあったけど、あの時と違うのは手を繋いでいて……そしてタクト様からの愛情をひしひしと感じる事。
正直言えば、こうやってタクト様を独り占めしてしまっている事に少し罪悪感はある。いずれはヒロインと出逢って、もしかしたらこうやってタクト様の手を取っているのはヒロインだったかもしれない――と。ヒロインとの出逢いの前にフライング的な形でモブのわたしが割り込んでしまった。
タクト様がわたしに関心を持って下さった事は偶然ではあるけど、わたしはこの温かくて少しゴツゴツとした手を離したくないと思ってしまう。ずるいかもしれない……でも、それでもタクト様の事が大好きだ。
「ゼフィーは普段、外にはあまり出たりしない?」
「そうですねー、部屋で過ごす事の方が多いです。あ、お庭には時々出ますよ」
「湖になんて誘って迷惑だったかな? 次は観劇とかにしようか?」
「いいえ! 普段引き籠ってるので、こうして外に連れ出して貰える方が新鮮で楽しいです」
「……無理してない?」
「全然。タクト様のお好きな場所にもっと行ってみたいです」
これはメチャクチャ本心だ。推しの好きな場所――そんなの全部教えて貰いたいくらいだ。
「それは……これからも、デートに誘って良いって事かな」
「……はい」
立ち止まってわたしを見つめるタクト様に、コクリと頷いてみせる。何故か困った様に眉を歪めて、タクト様はわたしを抱き寄せた。
「……ごめん、嬉しすぎて。少しだけこのままでいさせて」
「は、はい…………」
大好きな推しのタクト様の腕の中に包まれて、このまま時間が止まってくれたら良いのになんて思う。あぁ、でもそれじゃ、タクト様の色んな表情やお声も聞けない。それは困るわ。
暫く抱きしめられた後、そっと身体を離したタクト様と微笑み合う。再び手を繋いで湖沿いを散歩する。凄く穏やかな時間だ。ドキドキして胸がずっと苦しいけど、それもまた心地良い。
少し開けた場所迄来ると事前にピクニックセットが用意されていて、別の馬車で付いて来ていたメイドと執事が待機していた。手回しがいい事に驚愕する。さすが、公爵家跡取りだ。因みにわたし達と同じ馬車には、御者と護衛騎士が御者台に乗り込んでいた。そんな護衛騎士は、わたし達の少し後ろからついて来ている。
て事は、さっき抱き合ってたの完全に見られてるって事だよね……うわぁ、恥ずかしい。
広げられたピクニックシートの上に案内されて座ると、それを合図にメイドから温かい紅茶が提供された。メイドスキル半端ないわ~。さすがローゼン公爵家のメイド達だ。タクト様は慣れた手付きで軽く右手を上げると、メイド達はあっと言う間に少し離れた所まで下がって行った。こ、こなれてらっしゃる。
「何だか王子様みたい……」
思わず漏れ出た言葉にタクト様が目を見開く。
「え、それはどういう……殿下に似てるって意味?」
腑に落ちないという様な顔をされるタクト様に、わたしは慌てて訂正する。
「あ、違います。所作や行動がとてもスマートでカッコいいので、物語の中に出て来る王子様みたいに素敵だな~って……」
わたしの言葉に頬杖をついて「ふむ……」と呟くタクト様。ちょっと、むくれている気がする様な。あれ?
「ゼフィーは殿下が好みなのか?」
「と、とんでもないです。わたしが好きなのは今までも、これからもタクト様だけです!」
何故か大告白をする羽目になるわたし。王子様みたいって褒め言葉のつもりだったけど、タクト様の傍には本物の王子様がいらっしゃったんだわ。
「タクト様のお声もお顔もお姿も、そして情熱的な所とか、少し不器用な所とか、クシャッとなる笑い方も、豪快な笑い方も、少し意地悪そうに笑われる顔も、それから髪の毛一本一本に至るまで全部全部わたしは大好……」
「わ、わかった、わかった! も、もう十分だから、その辺で……」
顔を真っ赤にさせながら、タクト様がわたしを制止する。えーまだ言い足りないのにぃ。
「これじゃ、どっちが口説いてるのか分からなくなるな……」
口元を手で押さえながら、恥ずかしそうにそっぽを向かれた。ぶほぉ! その照れ顔だけでご飯三杯は軽くいけちゃう気がします。この国にはお米ないけど。
「あ、あの、タクト様……これ、貰って頂けますか? この間のお礼です」
わたしはポケットから包みを取り出すと、タクト様にそれを差し出した。
「も、勿論! 開けても良いか?」
コクコクとわたしが頷いて見せると、ぎこちない手付きで包みを開ける。中身はタクト様のイニシャルを刺繍した真っ白なハンカチだ。
「……ゼフィーが刺繍してくれたのか?」
「はい。こんな事くらいしか出来る事がなくてお恥ずかしいですけど」
「いや、全然! 素晴らしいプレゼントを有難う」
嬉しそうにそのハンカチをはにかみながら眺めるタクト様。はう……はにかみタクト様も素敵。そんなタクト様を見られるわたしこそ、プレゼントを貰った気分だわ。
その後、気を取り直されたタクト様と一緒にサンドウィッチを頂いて、お昼からは手漕ぎボートにも乗せて頂いて、初めてのデートは凄く凄く楽しかったし素敵な思い出になった。別れ際には「また時間作って誘うから」と約束を交わして下さった。
このままずっと素敵な時間を過ごしていけたらいいのになぁ……と思った。贅沢過ぎる望みだけどね。




