第十話 婚約騒動③
「……こ、婚約は出来ません」
「あぁ、分かっている。今すぐでなくて良いんだ。まずは恋人として傍に居させてくれ」
「そうじゃなくてダメなんです、タクト様には本当の運命の人が居るんです」
「は? 何を言ってるんだ」
「信じられないかもしれませんが王立学園でその方に出逢ったら、タクト様は恋をされるんです」
「言っている意味がよく分からないが…………ゼフィーは、おれの事嫌いではないのだろう? まだ友達としか思われてないのかもしれないが、おれにチャンスをくれないか?」
「タクト様の事は…………す、好きです。好きだけど、あなたはわたくしじゃない方をいずれ選ばれてしまうから、それが怖いのです」
タクト様にどう説明したら良いのか分からなくて、自分でも言ってる事がメチャクチャだとは思う。こんなモブ令嬢に転生したわたしを好きになって下さるなんて、信じられない奇跡だとも思う。だけど、ここがゲームの中の世界だと知っているわたしは素直にタクト様の好意を受け入れるには勇気が必要だった。
だって、ヒロインは凄く可愛いんだよ? わたしみたいなモブ顔じゃないんだよ。たとえ今はタクト様はわたしを見ていて下さってても、いずれはわたしを捨ててヒロインを選ぶかもしれない。タクト様が攻略対象者じゃなかったら……そしたら迷わずにタクト様の手を取るだろう。
「未来なんて誰にも分からないだろう。何故おれが他の女を好きになるとお前は信じてるんだ?」
「そ……それ、は」
ここがゲームの中で、わたしは転生者なんです……なんて話した所で信じて貰えないだろうし、意味も分からないよね。前世の世界では予知夢とか超能力とか使えるって人が居たけど……。
「ゆ……夢で見たのです、何度も。まだタクト様とあのお茶会で出逢う前に」
「おれと出逢う前?」
「は、はい。タクト様は学園の最上級生になられていて、その方をとても大事にされていました……」
あながち嘘じゃないよね? まぁ、ゲームの中ではその方はプレイヤーである自分だったのだけど。
「それは何処の誰か分かるのか?」
「存じ上げてはおりますけど……」
確かヒロインはゲーム開始時は男爵家の令嬢として登場していたけど、元々は市井の生まれだった筈。パチェット男爵が外で生ませた子を、ヒロインの母親が亡くなった事をきっかけに引き取ったんだっけ……。この辺、ヒロインの王道よねー。
「今は……貴族ではないので、市井におられるかと」
「は? 貴族ではないのに学園に入学するのか?」
「十五歳になる少し前に養子として男爵家に入られるのです」
タクト様は暫くわたしの顔を見つめたまま何かを考えておられた。眉間にシワを寄せて思案されているお顔もなんて素敵なんだろう……。こうやってタクト様の色んな表情を見ていられるだけでも、わたしは十分幸せなんだけどなぁ。そりゃ、ヒロインとラブラブされてる姿とかは見たくないけどさ。
「ただの夢にしては、やけに話が具体的だな……。もしかして未来視の出来る魔法が使えるのか?」
「え……あー、どうなんでしょう。わたし魔力はありませんから」
そうか、魔法って手もあったのか。この世界では魔法が使える人間はごく一部しか居ないんだよね。
「なら…………その女の事が片付いたら、おれと婚約してくれるのか?」
「え……そ、そうです、ね……はい。もしそうなれば、お引き受け致します」
「よっしゃ! じゃあ、婚約を申し込むのはそれ迄待つよ」
嬉しそうにガッツポーズを決めるタクト様。ヒロインを好きにならない攻略対象者……そんな事あるのだろうか。それともヒロインがタクト様以外のルートを選択する可能性もあったりする?
「あの……本当に宜しいんですか? 何年もお待たせしてしまうのですよ」
「数年の事だろう? それにその間、口説いたりデートに誘ったりを禁止されてる訳じゃない」
「え……」
ニヤリと少し意地悪そうにタクト様が笑う。途端にわたしの顔が熱を持って赤くなっていくのが自分でも分かる。タクト様がわたしの手を取り、手の甲にキスを落す。ひえぇぇぇええええ! て、手に! タクト様のお口がっ! す、凄く柔らかいものが当たったぁ!
「では、早速来週末にデートにお誘いしたいのだが。お時間頂けますか?ゼフィー」
「は、はひっ…………」
美しい瞳に見つめられながら、わたしは顔を真っ赤にしたまま頷いた。あぁ、もう恥ずかしすぎて死にそうです。タクト様はわたしの返事に肩を揺らしながら嬉しそうに目を細められた。うぅ……緊張してまた噛んだ。




