2.3
12月の井の頭公園は、流石に人の足もまばらだった。
オレンジ色に照らされた石段を降りて、砂利道を歩いて公園に入る。シャッターの下りた売店脇の自販機で、彼がコーヒーを買ってくれた。カイロ代わり、と言って手渡された缶の人工的な温もりを、既ににかじかんだ手と一緒にコートにしまう。
彼は自分の缶を手に取り、私の方を振り返って大きな声で言った。
「いや寒くない?!」
駅からずっと寒空の下歩いてきたのに、たった今気づいたかのように言うから笑ってしまう。昔から伊吹といると、なんでもないことを面白く思わせてくれるから好きだ。
「わたし寒いの慣れてる、駅から家遠いし」
「ごめん、松永スカートじゃん、脚出てて寒いよな」
「伊吹くんも足首でてるじゃん、寒そー。そんなおしゃれズボン履くから」
私たちは公園の外周を歩き始めた。さっきよりも距離が近づいて、小学校の頃に戻った気がする。
池沿いの道には、春にはピンク色に染まるはずの裸の樹が並んでいる。吹き抜ける風が池の水面を揺らしていた。冷たい空気が、頬と耳を刺した。彼は何故私をここに連れてきたのかと思う。答えを探すように、流した前髪で半分隠れた横顔を見つめる。
「いや、実は俺も埋めたいものあってさ」
さほど深刻には聞こえなかった。伊吹はポケットに両手を入れて、ドラキュラみたいな犬歯を見せて笑っていた。冬だったから吐く息は白かったに違いないが、細かい情景ひとつひとつを思い出そうとすると急に曖昧になる。私が10歳の頃から知っていたあの顔だった。
「学校には埋められないものなんだ?」
「まぁいろいろその、ね。…まずいことってあるじゃん」
「ついに犯罪でも犯した?」
「人聞き悪いだろ〜!犯罪じゃないよ。たぶんね。」
だって松永なら一緒に来てくれるかなぁと思ったから、と彼が続けるから、いい気になってへへへと笑った。彼と無邪気なやりとりをするのが好きだった。
同い歳なのに奇妙な言い回しになるけれど、こういう時間だけ、伊吹と対等になった気分になれた。
彼が足を止めた。
「この辺でいいか」