2.1
高校2年生の冬、彼とふたりきりで夜の散歩に行ったことがある。
私は私立の女子校に通っていて、6年間で恋をする機会も度胸もなく、俗世から逃げるように受験勉強に没頭していた。
iPhoneが中高生間ではやり始めていた頃だった。
まだ買い換えてもらえないガラケーを苛々と操作しながら、塾の教室で授業が始まるのを待っていたとき、前のドアから入ってきた男子生徒にふと目が留まった。
どこの子だろう、と思った。
チェスターコートを羽織った下にタートルネックのニット。グレンチェックのテーパードパンツに黒の細身のローファーを合わせていた。
この辺によくいる男子校の生徒じゃなさそうだ。洒落た高校生もいるもんだな、と考えたところで、彼が顔を上げて視線が合った。
「松永じゃん」「伊吹くんじゃん」
外界との膜を破って、彼が近づいてくる。
私の机の前まで来ると、口元に髭がうっすらと生えているのが見えた。元々落ち着いていた声音が前よりも低くざらついていて、その変化に一瞬怯えてしまっていた私は、彼の顔に浮かぶ人懐こい笑みに安堵した。
「びっくりした!今日からいるの?」
「いや、今日は見学だけ。文化祭も終わったし、そろそろ塾通おうと思って」
講師が部屋に入ってくるのが彼の肩越しに見えた。チャイムが鳴る。
じゃあまた、と手を軽く挙げて伊吹は自分の席に戻っていった。
久しぶりに男の子と話したな、と思う。同級生だった彼が、《今日話した男の子》というよそよそしいカテゴリにふと入ってしまったのが、そこはかとなく侘しかった。