1.3
LINEすらない時代に結成された悪ガキグループは、卒業後いったん解散になるも、それぞれ多感な中高時代をなんとか生き抜いた。
気がついたら大学生になっていて、数ヶ月に1回は誰ともなく誘い合い、深夜営業の居酒屋で薄い酒を飲み取り止めのない話をしながら、夜更けまで馬鹿みたいに笑うようになっていた。
半分が大学を出て進路を決めた頃、当時早稲田の院生だった彼は航空大学の入学試験に合格し、未来のパイロットへの大きな一歩を踏み出していた。
彼は平常の通り涼しい顔をしていたが、表情全体にかすかに安堵の色が滲んでいたのは珍しい気もした。
その夜何箱目かわからない煙草の煙を宙に吐き、俺は紅の豚に憧れこの道を選んだんだと彼は笑った。
彼の生物学上の年齢がようやく中身の年齢に追いついたのだと、私たち誰もが信じて疑わなかった。
「すごいよねぇ、みんな立派になって…結局いろんな職業揃ったよね!
有田はITでしょ、コンサルに営業に、未来のパイロット、星羅はお医者さん!羨ましいなぁほんと!高給取り!」
二重瞼に天然パーマの夏子が、2本目の煙草に火をつけながら屈託なく笑う。
私は自分の電子タバコの煙を吐きながら、夏子の言葉尻を律儀に訂正した。
「高給取りはあと4年くらい待っててね。研修医の給料なんて時間外つかない分のプラマイゼロだよ。
……夏子なんて外交官じゃん。駐在とか響きがもうかっこいい、痺れる」
「俺も九州に駐在するよ」
「え、伊吹くん九州行くの?」
伊吹は、八重歯を見せてあのいつもの笑い方をした。
注目されるのに慣れている顔。
そういえば、彼の名前は伊吹という。苗字は相葉、相葉伊吹。
「3月から宮崎県に引っ越すよ。訓練所があるからそこで操縦の練習をする」
彼は指先で、煙草の灰をとんとんと灰皿に落とした。慣れた手つきがセクシーだった。
「訓練中の2年間は忙しいし、あんまり地元には帰って来れないかも。まあこいつよりは全然近くにいるけどね!」
隣に座っている夏子の肩をこづいた。
川村夏子は、中学生くらいまで伊吹とお付き合いしていた張本人なのだが、お互い全く意に介さず、ふたりは大抵こんな風にじゃれあっていた。
お前は訓練機パクって帰ってこいよ、こちとら入国許可にビザに特殊パスポートだぞと夏子は高い声をあげて、彼の肩を小突き返した。
「どこ行くんだっけ?…インド?」
「イランだって言ってんでしょ!インドとか宮崎より近いわ!!」
「悪い悪い、あぁ首締めないで川村、気持ち快くなっちゃう」
変態、と夏子が吐き捨てる。
いつも通りのやりとりにみんなで笑った。
狂おしく愛おしいほどに、あの夜は平常だった。
宮崎に発つ飛行機の前日に、彼は命を絶った。