策士策に溺れる的な
森の中を歩きながら、私はヒューゴー様にいくつか質問をした。
どうやらこの森はハンコック領でもお隣のシュヴァリエ領でもないらしく、国のものらしい。
その理由は廃虚となっている神殿にあった。
なんでもその神殿は魔界に繋がっているのだとか。
それを賢者様のお力で抑えているそうだが、たまに『冒険者』と名乗る輩が魔物目当てにやってくる……──って
(ちょっと待て)
……それはつまり、所謂『ダンジョン』なのではないのかね?
賢者様、ダンジョンの管理人なの?
ヒューゴー様曰く、自警団に入っている者には力自慢や『強くなりたい』と願う者は多く、若い頃に力試しに赴いた者も少なくないんだそう。
だが賢者様は『冒険者』同様、街のそういう輩にも容赦がないようだ。
どういう風に容赦がないのかと尋ねると、一例を挙げてくれた。
「軽く痛めつけるだけでなく、街についたくらいの頃合いで全裸になるようジワジワ服が剥がれていき、背中や顔に『ば~か』等と子供のようなイタズラ描きが浮き出る魔法を施した上で帰したり……まあ、色々嫌がらせをする。 ちなみにこれはルイスの例だが、落書きは三日消えず、しかもこのことが原因で当時の彼女にフラれている」
「……」
(きっと彼女にカッコつけて別れを告げて出ていって、彼女が散々心配していたところに全裸+落書きという姿で帰ってきたんだろうなぁ……)
ルイスさんには悪いけど、彼女の気持ちもわかるような気もする。『あの涙と心配を返せ!』的な。
まあ、賢者様が恐れられている理由はよくわかった。
大分くだらないが、心に残る嫌がらせをしている様子。
きっと性格が暗いに違いない。
「ところでお手紙にはなんて書いてあったんです?」
「ああ……シュヴァリエ伯爵家の習わしで、成人したらひとりで賢者様に挨拶に行くそうなんだが、イーサン卿はその話を聞いて行きたくなったようだ。 乳母殿の里帰りを送るていで予定を微妙にズラし、わざわざウチの領から……『だから放置するように』、と。 そうは言われても相手はまだ年端もいかない子供、見過ごせないだろう」
心配そうにそう言って、ヒューゴー様は私の頭をポンポンする。
王都にいた頃はわからなかったが、ヒューゴー様はとても優しいのだ。私もあんなに盛大に血なんぞ吐かんでも、お願いしたら聞いてくれたのではないかと思う。
そしてどうやら私のせいで、ヒューゴー様の中での『9歳』のイメージは大分子供になっている模様。
散々子供ぶって筋肉を堪能していたツケが、まさかイーサンへ注がれるとは思わなんだ。
──ていうか、ツケであっても羨ましい。
(考えてみればイーサンのヤツめ、ヒューゴー様の関心を独り占めしおって……)
ぶっちゃけると私はヒューゴー様への恋心に目覚めし今、攻略対象である彼奴めのことなど蚊程の興味関心もないのだ。
そりゃあ勿論多少は心配していなくもないが、実はあんまりしていない。
乙女ゲーム設定的には彼は生きているのだし、賢者様にも会えている。いくら乙女ゲーム云々が胡乱で世界がどうのなどとは言っても、ここまで設定が被っているのにイキナリ死ぬことはない気がする。
(まあそのおかげでこうして……──はっ?!)
よく考えたらこれは、ヒューゴー様にアピールするチャンス!!
『よくぞ気付いた……それでこそ私の孫……』
今一瞬、山に某かをシバキ倒しに行ったお爺さんが頭に過ぎった気がしたけれど、そんなことはどうでもいいわ!!
「ヒューゴー様は9歳を子供扱いし過ぎですわ! 成人まで7年……すぐ大人になりますわよ!」
「ふふ、勇ましいことだ。 ……だが私はイーサン卿の気持ちもわからんではないのだよ、コリアンヌ嬢。 三男で上は皆優秀、シュヴァリエ伯爵家は代々魔力が多いのだが、彼は病弱で魔力も少ない。 ……焦ってしまわれたのだろう」
キィ~ッ!(※ハンケチを噛むイメージで)
今のは『すぐ大人になるから待っててね♡』って意味なのにぃ~!!
全く通じていないわね!!
イーサンのことなんてどうでもイーサン!(※目的を見失った末の駄洒落)
私のことを見て!!
そう思ってヒューゴー様をみつめると、不安がってると勘違いされたようだ。
「コリアンヌ嬢は大丈夫だ、あの方は女子供には優しい」
「いえ、そうでなく……」
「ああ、私は森に入る許可のある身だしな。 まだ幼いイーサン卿にも、そんなに酷いことはすまい…………多分」
今『多分』って言ったよね?!
でもまあイーサンのことだし、別にイーサン!(※気に入った)
(ぬぅ……折角二人きりだというのに……私の女子力が足らないからいけないんだわ!)
こんなときこそ、『前世の知識』の出番である。──そう、まさに今……主人公力を遺憾無く発揮すべき時!!
ヒロインっぽくあざとく立ち回り、ヒューゴー様に
『コリアンヌ嬢にこんな一面が!(ドキーン♡)』
とさせた結果、
『なんて可愛いんだ……(きゅん♡)』
を経て、最終的に
『好きだ!』
『結婚しよう!!』
『最早コリアンヌなしでは生きていけぬ!』
……となるべく!!
──我ながらハードル上げスギィ!!!!
でもそれくらいの勢いって大事よね?!
(ふっ、イーサン……精々私の役に立っていただくわ!!)
私はヒューゴー様の関心を自身に向けるべく、前方の大きな木のあるところまで走り出た。
「あっ!? 今人影が見えたような気が!」
しかし、それは大きなミスであった。
「コリアンヌ!! 勝手に動いては……!」
「──ほわぁあぁぁぁ!!?」
突如、地面がなくなったのだ。
あれ?!なんで!?
ここ崖とかじゃなかったよね!!?
──どうやら賢者様に会うには正しいルートを通らねばならないらしい。
『勝手に動き回ったりしないこと。 いいね?』
ヒューゴー様から強い口調で言われていたことを、スッカリ忘れていた私への、手痛いしっぺ返しだった。
イーサンが(以下略)