森へ行きましょう♪
馬は森に続く小道の前あたりで、のんびり草を食んでいたという。
おそらく彼は、森に入ったのだ。
私はイーサンの設定などを思い出せずにいたが、馬が見つかった場所を聞いて、ようやく少しだけ思い出した。
彼が森に入ったのは……そこに住む賢者だか大魔法使いだか、なんかそんな人に会うためだ!!(※うろ覚え)
なんかそんな設定だった!
……ような気がする!!(※あくまでもうろ覚え)
森の中には既に廃墟と化した神殿があるらしい。賢者様(賢者様だった)はそこの管理をしているそうだ。そのへんの詳しいところを、私はまだ思い出せないけれど。
探しに行きたいところだが……本来、なんらかの理由で森に入る場合は、まず賢者様にお伺いを立てなければならない。
ただ、一番の懸念はそこではない様子。
「賢者様がいらっしゃれば問題にはなるが、伯爵令息の生命の危険はない。だが、あの方は気まぐれにお出かけになる。 それが心配だ」
どうやら賢者様不在により、イーサンが野生動物に襲われる、といった事態を心配しているらしい。
ヒューゴー様はそう皆に説明しながらも、着々と出掛ける準備を整えていく。
──だが、集まった自警団の皆は大モメしていた。
「俺は嫌だ! 森には賢者様がいるかもしれないんだぜ!!?」
「アホか! 皆嫌だッつーの!」
「うう……まだ野生動物に鉢合わせる方がマシだ……!!」
なんかスゴい嫌われてるね?!
偉い人じゃないの?賢者様!
「──はぁ……いい、わかっている。 なにかあった時の為に数名、馬車と共に森の前に待機し、数名屋敷に残れ。 後は各自通常通りだ! ……いいな!!」
「「「「ヤー!!!」」」」
ヒューゴー様の深い溜息に続いたお言葉に、全員が最敬礼した。その後、ちらほらと感動の声。
「ヒューゴー様……!!」
「流石は漢の中の漢だぜ……!」
……だからどういう人なの?
イーサンよりむしろ、賢者様が気になってきたわ……
そこに伯爵家から早馬で特使が現れた。
ヒューゴー様は渡された伯爵からの手紙を読むと、苦い顔をしてグシャリと握り潰す。
皆が不思議な顔でそれを眺める中、特使はなにか金品のようなものを懐から取り出した。
「伯爵様からの迷惑料でございます。 改めて本件のお詫びはさせていただきますが、一先ずお納めください」
「手紙のとおりならば、受け取る理由がない。 伯爵様にはそうお伝えしてくれ」
「ですが……」
特使の言葉を遮るように、ヒューゴー様はその場全員に言う。
「全員、ハンコック領令第48条2項を以て、本件を白紙に戻す! 解散!!」
「「「!!」」」
なんですって?!
──ちなみにこの『なんですって』は『なんだとー』的な意味じゃなくて、『どういう意味ですか』の方だ。
多分、私だけ。
後で知ったところによると、『なかったことにするので言ったら絶対駄目(意訳)』ってことらしい。
なんでだかはわからないが、伯爵家の意向から捜索はしない方向で話は進んだようだ。
……イーサンはドアマット系だったのかな?
いや~?そうでもなかったような……
むしろちょっと変な人だった気がうっすらとするんだよなぁ……
皆が帰った後、私もヒューゴー様から滅茶苦茶口止めされた。言う気はないが、当然そのまま受け入れる気もない。なぜなら──
彼がまだ上衣を着たままだからである。
少し前の喧騒はどこへやら。
静まり返った厩には馬がブルル、と時折鼻を鳴らす音。小さく虫の声。
藁と動物特有の臭いが混ざった、少し籠った空気。
それを割くように、ザッザッと整った歩調が近付き、私を見て大きく乱れた。
「……コリアンヌ?!」
「ぬっふっふっふ♡(ル〇ン三世風に)」
案の定ヒューゴー様は愛馬のところに現れた。
ひとりで行く気だったのだろう。
私はヒューゴー様の愛犬ジョンを使い、寝室から脱出することに成功した。
枕やクッションでは気付くレナも、呼吸をしている塊がまさかのジョンとはまだ気付くまい!
病弱で部屋から出してもらえない時に、似たような手口で抜け出している経験が役に立った。
常日頃から、装備を密かに隠し持つようにしておくのがコツである。
「ヒューゴー様、ここだけの話……私は動物と話せるのです」
部屋に戻される前に、すかさず先手を打つ。
「なにを……」
「セルヴァ」
セルヴァには予め話をしてあった。
『私が合図をしたらこの間のようにしゃがむように』と。
指示通りしゃがんだセルヴァの背に乗ると、すっかり友人となった高貴なる赤毛はゆっくりと立ち上がる。
瞠目するヒューゴー様に、駄目押し的あざとい仕草を加えつつ懇願した。
「是非私を連れて行ってくださいませ! きっとお役に立てると思うのです!!」
驚きつつもまだ躊躇するヒューゴー様。
「コリアンヌ嬢……いや、驚いたが……」
──これは畳み掛けるしかないわ!!
「悩んでいる場合ではありませんよ!? 今も9歳のイーサン少年は何処かで夜の闇に怯えながら震えているかもしれません! さあさあ参りましょう!!」
「……イーサン卿はそんな少年では……しかも同じ年齢の君を見てると、余計にそんな気はしなくなるというか。 説得力がまるでないのだが……確かに森は危険だ。 だからこそ君は連れてけないよ」
「私は危険ではありませんよ!」
「いや」
「だって、ヒューゴー様が守ってくださるでしょう?」
「!」
「まずは私をレナのお仕置きから守ってくださいませ!」
そう、このまま置いてかれては漏れなくレナのお仕置きが待っているのだ!
野生動物なんかより怒ったレナのが怖い。
バレるのは時間の問題なのでさっさと行きたいところ。
「また私の桃がプラムになってしまうわ! 早く早く!」
「ふふっ……仕方ないお嬢様だ」
ヒューゴー様は私の言葉に呆れつつも、ウッカリ笑ってしまったご様子。
それでなんとなく諦めてくださったようで、一旦馬具を付けるために馬上からどかされたが、結局後ろに乗せてくれた。
「勝手に動き回ったりしないこと。 いいね?」
「はい!」
そうして私とヒューゴー様は、クソ坊っちゃまを探しに森へ向かうこととなった。
ちなみにイーサンの事は、まだイマイチ思い出せていない。
……『乙女ゲーム設定チート』には、なれそうもない。
イーサンがまだ出なかった……