攻略対象が現れ……!?
夕陽が空を紅く染める中。
ガラガラと音を鳴らし馬車は、私とヒューゴー様への恋心を乗せて走る、走る。
馬車の揺れの如く、私の乙女心も揺れているのだわ!
「……ホブゥッ!?」
しかし心だけでなく、浮かれまくっていた私の乙女脳も突如揺さぶられた。物理的に。
馬車が急停車したのである。
「どうされました?」
レナが御者に声をかける。
「申し訳ございません、前方に馬車が停車しておりまして……落石があったようで、道が塞がって通れません。 ぶつかった様子ではないのですが……」
それを聞いてレナは少しだけ窓を開け、そこから顔を出した。
「あれは……シュヴァリエ伯爵家の馬車だわ」
警護のため馬でついてきていた自警団のルイスさんが馬車の方へ既に向かっていることを確認すると、レナは席に座り直し窓を閉めた。
「御者の方、他におかしな様子はありますか?」
「今ルイスがあちらの馬車の御者と喋っているところですが、特におかしな様子は見られません。 脱輪とかでもないようですが……」
「……なにか問題が起こったのかもしれませんわね。 ──コリアンヌ様、不用意に外へ出てはいけませんよ」
「うっ!? ……はーい♡」
「出ようとしてましたね……?」
暫くすると、ルイスさんが慌てた様子で戻ってきた。
「伯爵家の御子息が、馬を奪って脱走したらしい!」
「「脱走?!」」
「それで、今馬車にはどなたが?」
「彼の乳母だという女がひとり。 だがオロオロしているだけでまるで話にならん」
そう言われて窓から様子を見る。
伯爵家の御子息の乗った馬車だというのに、随分と従者が少ない。
他に馬車も馬も見当たらず、私とレナは顔を見合わせた。
「……とりあえずその女性をこちらに移して、自警団に戻りましょう」
「そうしてくれると助かる。 俺は先に」
「いいえ! か弱い女性がふたりいるのです。 ルイスさんは馬車に残ってください」
そう言うとレナは颯爽と馬車から出て、奪うようにルイスさんの馬に跨った。
「自警団には私が! お嬢様をよろしくお願いしますね!!」
皆が呆気にとられる中、そう一言残すとあっという間に見えなくなった。
……乗馬上手くない?
知らなかったわ。
「まあ……確かにその方が合理的だけどさぁ……」
ブツブツ言いながらルイスさんは乳母の女性を馬車に乗せ、馬車は来た道を戻る事となった。
「お坊ちゃまはイーサン・シュヴァリエ様……シュヴァリエ伯爵家の三男であらせられます」
馬車内で、大分落ち着きを取り戻した乳母は言う。
──つーかイーサンて……攻略対象じゃん!
──しかも隠しキャラ!!
──いきなり出てくるとかどういう事だ!
──全く隠れてないな!忍んどけよ!!
乳母のたどたどしい話を聞くに、どうやら落石によって馬車が一旦停車したのをいいことに、クソ坊っちゃまは様子を見るフリをして御者に一撃食らわせ馬を奪取。他の馬は放し、まんまと脱走したらしい。
「脱走癖とかあったんですか?」
「いいえ……普段はむしろ大人しい方で」
乳母は坊っちゃまのあまりの変貌ぶりにパニックになったらしい。
御者も意識を取り戻したものの、動揺しながらとりあえず、まだ近くにいる馬を集めていたところ、私達が現れたようだ。
ちなみに御者には一旦その場に待機して貰っている。
おそらく馬を補充し、車は屋敷で預かるのではないかな?
なにぶん相手は伯爵家だ。
大事には出来ないんじゃないだろうか。
レナはそのあたりも踏まえて自分が先に行ったのかもしれない。
ルイスさんは結構強いらしいが、平民だし若い。
その辺には疎そうだ。
(イーサン、イーサン、イーサン…………)
果たしてどんなキャラだったやら。
前世の記憶で胡乱で杜撰な『乙女ゲーム設定』がどれだけ役に立つかはわからないが、とりあえず思い出してみよう。
しかし──
『Heyピーチ・マン! そのクッキーをひとつ寄越しな! デビル島までtogether殲滅ハッスルGO』
余計な事しか思い出せない!
『お爺さんは山へシバキ倒しに~』とか、どうでもいいよ!!
──つーか何をシバキ倒しに行ったんだ!?お爺さんパワフルだな!
──きびだんご効果なの?!お婆さんのきびだんご凄すぎじゃない?!
──『デビル島までtogether殲滅ハッスルGO』の相手はお爺さんのが良かったんじゃないの!?
──それとも修行なのかしら!!?
『どうでもいい』と思いながらも、思考はドンブラコと逸れていく。
嗚呼、無情……イーサン、私の脳内でも行方不明。
そんな私にルイスさんは優しく声をかけた。
「すっかり大人しくなっちまって……お嬢様、ビックリしたよな?」
「ええ……(自分の脳内に)」
「帰れなくなって申し訳ないが、自警団に着いたら誰かに送らせるから、それまで我慢してくれよ?」
「……はい」
マ ジ か 。
いや、そりゃそうか……と思いつつも、不満。
勿論足止めをくらい、帰れないことではない。
(ぬぅ……このままでは帰らされてしまう)
そう、むしろ帰らされることが不満なのだ。
──事件に携われない刑事など、刑事失格であります!
──事件は屋敷で起きてるんじゃないッ!現場で起きてるんだッッ!!
──いいかい、嬢ちゃん……捜査は足で稼ぐもんだぜ……
脳内刑事達の言葉に、私の胸は熱く滾る。
私の中の刑事魂が叫んでいる……『捜査を諦めるな』と!!
『それでこそ、私の孫……』
『はっ!? お爺さん!!』
そこに突如現れし、神々しい光に包まれたあのお方……某かを山へシバキ倒しに行ったお爺さんだ。
お爺さんは美しく長い髭を満足気に撫でつけながら、私にそう言うではないか。
──その時私は悟った。
やはりデビル島への殲滅は、私への試練だったのだ……!
「着いたよ、お嬢様」
「──ファッ!?」
──夢だった。
途中から寝てしまっていたのだ。
「さぁ帰りましょう、お嬢様」
「うぐぅ……」
折角の考える時間を『うたた寝』という自らのミスによってフイにした私は、なにもできないままレナと共に屋敷に帰らされた。
しかし屋敷内もまた、騒然としていた。
考えてみれば自領で伯爵家の御子息がいなくなったのだから、当然である。
大っぴらにし難いということや、事件の場所に屋敷の方が近いということもあり、むしろ本部は屋敷と言ってもいい様子。
組織の統率と規律がしっかりしているのが功を奏し、奪われた馬は程なくして見つかった。
問題は見つかったのが馬だけであること──そして、その場所である。
まだ現れてないのでした。