恋は桃色
さて──前世でうっすら読んだ記憶のある童話の主人公の如く、すくすくと育っていく私。
そういえばあの童話の主人公も動物と喋っていた気がする。
確か、『Heyピーチ・マン! そのクッキーをひとつ寄越しな! デビル島までtogether殲滅ハッスルGO』……だったかしら?
う~ん、よく思い出せないわ!
兎にも角にも、自らの身体の成長の早さに危機感を覚えた私は、早急にヒューゴー様に『自警団の稽古場で自らも筋肉をつけたいです!』とおねだりしようとした。
──しかし、
「おやめになった方が賢明です」
「レナ……」
レナに反対されてしまった。
「ただでさえ馬の件でご迷惑をかけたのです。 あまり調子に乗ると、王都に戻されてしまいますよ」
「ぬぅ……それは困る……」
「私ももう、これについてのアドバイスは控えさせて頂きます」
「ええぇぇぇ」
レナは私とセルヴァの逃避行を未だに怒っているご様子。
あんだけ尻を叩いたのだから、もうドンブラコと川に流してくれても良いではないか。
尻だけに。
(ダメだわ、脳内がピーチ・マンに汚染されて……ハッ!)
そんな私の元に、さながら川上から桃がドンブラコと流れるように妙案が閃いた。
「そうだわ! ご迷惑をおかけしたからお詫びに差し入れをしにいきましょう! 鍛錬中に!」
「…………考えましたね」
「疲れた身体には甘いものよ! レナも手伝ってくれるわよね?!」
「仕方ありませんね……アドバイスはしてませんし、直接的なおねだりに比べ、なかなか気の利いた方法と言えましょう。 よろしい、お手伝い致します」
「やったぁ!」
レナは口調は厳しいけれど、優しいのだ。
かくして私は『迷惑をかけたこと』にかこつけて、稽古場まで自作のクッキーをお届けに行くことになった。
名付けて『お婆さんのパワーアップきびだんご』ならぬ、『コリアンヌの愛情クッキー☆大作戦』だ。
──あっ、そうそう、『きびだんご』だったわ!
──あらやだ全然クッキーじゃないじゃない……
──っていうか『きびだんご』ってなにかしら?
「ねェ!奥様?!」
「私は奥様ではありませんが」
「知ってるわ! 様式美というやつよ!」
「…………」
そんなやりとりをしながら、屋敷のキッチンをお借りして私達は大量のクッキーを作り、お昼過ぎに稽古場へ向かった。
今回は侯爵家の馬車を使用。
レナが執事長のダスティンさんにお願いをしてくれたようだ。
馬車内で聞いたところによると、レナは私を後ろに乗せ、護衛に荷物を運んで貰うつもりでお願いをしたのだが『それでは不安だから』とわざわざ馬車を出してくれたらしい。
レナはそれに大分恐縮している。
(……私も居候である自覚を、もう少し持たねばならないかもしれないわ)
皆が優しいので、あんまり気にしていなかったものの、私はただ世話になっているだけである。レナは有能なので私の世話以外にも役に立っていそうだが。
(はっ! ゆくゆくはヒューゴー様のお嫁さんになっても良いわね!)
ゲームのコリアンヌには妹がいた筈だが、今はまだいない。
今後もできないようなら婿に来てもらってもいい。侯爵家とはいえヒューゴー様は三男なので、なんとかならなくもないのでは、と思う。
今のところヒューゴー様は、どなたかと結婚なさる気はないようで、ダスティンさんがボヤいているのを耳にしている。
今こそお役に立てる時なのでは?!
──そうすればあの素敵な筋肉は私のモノだわ!
──なんでそんな簡単なことに気付かなかったのかしら?
──9歳だからかしら? ねェ、奥様?!
私が脳内奥様との会話に勤しんでいると、自警団の本拠地についた。
思っていたより立派な建物だ。
以下自警団の説明。(※スルー推奨)
領地には住民数に見合った数、国から憲兵が置かれる決まりになっているが、ここはド田舎な為、その数は少ない。
犯罪が起こった時に中央(※ここでは領地都市部を指す)に引渡しの手続きをするレベルでしか機能しておらず、実際に治安維持を担うのは自警団である。
自警団は『自治体の管轄下の警察』の様なもので、一応最低限の決まりはあるが領によってかなり扱いが違うようだ。
貧乏だったりケチな領主の領地にはないことすらある。そういう領地で大きなファームを持つ者は、自衛の為兵を雇うことも少なくない。
ハンコック領ではきちんと組織化され、役職が定められている。上に立つ者には職業として成り立つだけの給与も支払われるが、下の者の多くは別に職を持つ為、警備に割かれた時間分の給与が支払われる。
後は民からの尊敬と栄誉。
これがあるからこそ自警団は自警団足り得るが、実際はなかなかそうもいかない。
ある領では自警団が幅を利かせ、住民に害を成して憲兵に引き渡されたこともあった。
また、民が自分らで似たようなものを作る場合もあるが、それが反乱勢力となるのを恐れる面からも自警団がしっかりしているメリットはあるようだ。
建物がそれなりに立派なのは、組織化がしっかりしている証拠のひとつ。ハンコック領の自警団に対する扱いそのものであると言える。
馬車から荷物を運び、裏手にある訓練場に行くとそこにヒューゴー様はいた。
事前に予定を確認していたので(※レナが)、バッチリである。
「ヒューゴー様♡」
「ッコリアンヌ嬢!?」
ヒューゴー様は相変わらず一瞬ビクッとなる。
最高か。(愉悦)
「こないだのお詫びを兼ねて、私とレナで皆様に差し入れを作ってきたんですのよ!(ドヤァ)」
おっと、ついついドヤ顔をしてしまった。
こういうところは『乙女ゲーム・コリアンヌ』のあざとさを参考にすべきだった。
「そうか……コリアンヌ嬢とレナ殿で……」
しかしヒューゴー様も満更でもないご様子。
──トゥンク♡
ヒューゴー様のご尊顔に、私の胸は初めての音を立てた。
その瞬間、
──おおっと?!コレはどういうことだ!?
──今まで『すてきん』(※素敵な筋肉)扱いに過ぎなかったヒューゴー様にトキメキメモリアルかぁぁぁ!?
──どうする!!コリアンヌ!!
私の脳内友達に新キャラが降臨した。
意味はよくわからないが、前世の記憶と共に得た語彙によると『脳内実況アナウンサー』のようだ。
自警団の皆様にも私達のクッキーは好評を博し、満足感と少しの戸惑いと共に、私とレナは帰りの馬車に乗った。
「また強引にいくかと心配していましたが、今日はなんだか大人しいですね?」
「うん……」
そういえば『さり気なく鍛錬に加わる』つもりでいたのだが、スッカリ忘れていた。
なんだか足元がフワフワする。
もしかして……私、ヒューゴー様に恋しちゃった!?
「──いやぁん、レナったら♡」
「なんですか? 脈絡のない……」
「ウフフ、後で話すわ!」
「はぁ」
私は初恋のトキメキに浮かれまくっていた。
この直後、あんな事件に巻き込まれるとは思いも寄らなかったのだ。
誤字報告ありがとうございました!乁(°ω°`乁)マジ神✧*。