馬に乗ってみた結果
まず口にした、最初のおねだり「馬に乗りたい」。
コレはアッサリ受け入れられた。
「……そうだな。 元気になったことだし、そろそろ街にでも連れて行ってあげようと思っていたところだ。 馬車ではなく馬で行くことにしよう」
「わぁ! ヒューゴー様、だぁい好き♡♡」
ご了承頂いたところで、しっかり抱きつくのも忘れない。
最早残り少ない筋肉チャンス……一度たりとも無駄にはしない所存。
「侍女殿に馬車に乗ってついてきていただこう。 女性の買い物は私にはわからんからな」
そんなわけで、気配り上手のヒューゴー様と共に、私とレナは街に連れて行って頂くことになった。
私はヒューゴー様の愛馬、セルヴァに乗せられた。
ヒューゴー様の素晴らしい背筋を堪能しつつ、セルヴァは走り始める……だが、
「ひゃぁあ!」
「怖いか? コリアンヌ嬢。 もっとスピードを……」
「いえ! 上げてください!! むしろ!!」
「そ、そうか……」
馬 楽しい!
馬 最高!!
私は今、疾風と一体化しているわ!
FOOOOOO!!
乗馬は想像以上に楽しかった。
それは乗った早々に、街への買い物なんてどうでも良くなってしまう程。
(それどころか背筋の堪能すら忘れて……うう、残り少ない筋肉チャンスが……!)
と、これには後でとても後悔した。
だが街に着いて買い物をしていても、考えるのは馬のことばかり。
そう、私はすっかり馬とそのスピードに魅了されていた。(※デジャヴ的表記)
『馬に乗りたい』。
それはあくまでも最初のおねだりの筈であった。
段階的にハードルを上げる予定の、私のヒューゴー様へのおねだりだが……その志は高い。
最終的に『自警団の稽古場で自らも筋肉をつける』気でいる。
ヒューゴー様は自警団の長であり、稽古指南もしているらしい。これを使わない手はない。
──美しい筋肉にまみれながら、自身にも美しい筋肉をつける……なんて素晴らしい計画かしら!
──しかも必然的に『乙女ゲームフラグ』は回避!
──我が計画に一片の隙もないわ!!
「ねェ!? 奥様!!」
「だから私は奥様じゃありませんて」
「おっと、つい癖で」
などと、レナと恒例のやりとりをしていたのは、今は昔。(※実際は昨日)
順番的に次は『ひとりで馬に乗れるようになりたい』であるにも関わらず、そんなことはどうでもいい。
私はもう、とにかく今すぐ馬に乗りたくて堪らなかった。
(これが9歳児というものなのかしら……)
オープンカフェで休憩にお茶を飲んでいる今も、近くに繋がれたヒューゴー様の愛馬が気になって仕方がない。
──衝動が抑えきれないぜ!なぁ兄弟!
──やべぇぜコイツぁ!なぁ兄弟!
──このバイブス、堪んねぇぜ!なぁ兄弟!
私は脳内兄弟と共に、荒ぶる魂とその衝動に身を任せ、レナとヒューゴー様が話している隙を見て馬に近付いた。
成長著しいとはいえ、なにぶん私の体格はまだ⒎5歳児レベル。
当然ながら馬は大きく、とてもじゃないが一人では乗れない。
しかし、そこで奇跡が起こった。
『──乗りたいのかね、コリアンヌ嬢』
「えっ」
『私だよ……君の目の前の高貴なる赤毛、セルヴァだ』
「……ええっ?!」
私は最初、自らの脳内友達がセルヴァを騙っているのかと疑った。
だが……確かに目の前の高貴なる赤毛はこちらをじっと見つめており、その赤毛に映える白い鬣をフワリと靡かせ、ブルル、と鼻を鳴らすではないか。
『乗せて差し上げよう、レディ。 さあ、その縄を解くのだ……共に駆け出そう。 この広い空の下、自由の大地へ……!』
言われるがままに縄を解くと、セルヴァはその場にしゃがみ込む。
それはまるで、ピーターパンが『君も飛べるよ!』と言いながら手を差し出すかのように。
──おいおいマジかよ! 兄弟!!
──アンタ最高にCOOLだぜ!
──ヒャッハー! 兄貴! こりゃチャンスですぜ!!
私は脳内兄弟と脳内舎弟に唆されるまま、セルヴァの背中に乗った。
自由への第一歩である。
「──あっ?!」
「お嬢様! なんか静かだと思ったら!!」
ふたりが気付いたが、時既に遅し──
「いざ、ネバーランドへ!」
『ああ、行くぞ』
そのままセルヴァは私を乗せて駆け出していた。
そう、自由の大地へと──
【完】
…………ではない。勿論。
この後私はアッサリ捕まり、滅茶苦茶怒られた。
具体的に言うと、レナにしこたま尻を叩かれた。
憐れ、幼女の臀部はまだうら若き白い桃から熟したプラムみたいに変貌を遂げた……容赦がない。
だが『動物と会話できる』というスキルを手に入れ、そのおかげで一日にして馬にも乗れるようになった。
なんてチート!
この『動物と会話できる』スキルだが、いつでもできるわけではないようで、自分の興味関心と動物側の興味関心が合致した時ではないと無理なようだ。
(こんなスキル、『乙女ゲーム設定』にあったかな?)
確かに学園の庭で小鳥にリボンを奪われ、「もうっ、イタズラな小鳥さん!」みたいなシーンはあった気がするが……
あれは意思の疎通ができていた故なのだろうか。
だとしたらクッソあざといな……主人公。
──しかしコイツァ、使えそうな気配がプンプンしますぜ!
──やりましたね! 兄貴!!
──ヒャッハー!!!
脳内舎弟がそう言うので、私も小さく「ヒャッハー」と呟きながら寝た。
レナに思っくそ叩かれた臀部を擦りながら。