サプライズ・プレゼント
見合い当日、私と母とレナは買い物に出掛けた。
まず最初の目的はレナを着飾らせること。
渋るのを予測した私は『そういえばレナの誕生祝いをしていない!』……という理由で強引に服を購入し、着させると決めていた。
少し前に誕生日の話をしていたのが、ここにきて役に立った。とても自然な流れである。
母もレナの誕生祝いをしてこなかったことには思うところがあるらしく、母が出してくれるらしい。
私の懐は転移代で寂しくなってしまったので、正直有難い。
「レナ! これも素敵よ!!」
「……派手では」
「何言ってるの~! レナはまだ若いんだから、これくらい派手でもいいのよ!」
蓋を開けてみたら、母はめっちゃはしゃいでいた。
後で父に聞いたことだが、母は私もレナもいなくて寂しかったらしい。
第一子で病弱な私は生まれたばかりの頃『一年持つかどうか』と生存を危ぶまれていたそうだ。
母は『療養』という名目で、まだ男爵家が興ったばかりでなにかとバタバタしている家から、レナだけ連れて田舎へと移住した。
それは私が三歳になるまで続いたという。
……全く覚えていない。
父は週末の度に神殿の魔法陣を使って通い夫をしていたらしく、それを思い出して『滅茶苦茶お金が掛かったなぁ~』と遠い目になっていた。
でも『そのおかげで仕事を頑張れた』とも言っているが……それはまあ……方便かもしれない。
母はきっと澄ました顔で『だって合理的でしょ。 レナは護衛もできるのよ?』みたいなことを言うのだろうが、きっとレナは母にとってもやっぱり特別なのだろう。
レナは勿論これが自分の見合いの為だなんて知らない。勧められるものに相変わらずのクールな態度で返すも、やはり楽しそうだ。
見合いは昼食を兼ねて、貴族御用達のホテルの貴賓室で行われる。
私は時間になる前に『ちょっと用事がある』と言ってふたりから離れた。
母には予め『遅れて合流する』旨を伝えてある。なにをするかまでは聞かれなかったが、サプライズであることは察したようで、母は『楽しみにしてるわ~♪』などと言っていた。
実に母らしい。
ウチで一番の曲者は、間違いなく母だと思う。
お貴族のご令嬢とはいえ、真っ昼間の王都の表通り商店街。余程やんごとなきご身分ならいざ知らず、女の子も普通に歩いている。
ましてや健康体になった私に、護衛なんかは必要ない。
だが、店を出るとイーサンが待ち構えていた。
待ち合わせはしていたが、随分早いお出ましだ。
「随分早いじゃないか」
「それはこっちの台詞~! わざわざ迎えにきたの?」
「侍女殿との買い物はもういいのか?」
「アレ、もってきてくれた?」
「「つーか質問に質問で返すなよ」」
……被った。
どっちもどっちだった様子。
「ああ……適当に一式。 ホテルのクロークに預けてある」
「それよりまだ行こうと思ってたところがあるんだけど……」
「どこだよ?」
私の目的とする場所と行動を知って、イーサンは大反対。
短い話し合いの末、交換条件に応じることとなった。
結果──
「ちょっと時間掛かり過ぎじゃない?!」
「仕方ないだろ! 思ったより難しかったんだから!!」
「だから言ったじゃん!」
──時間が押した。
「ああっお腹が減ったわ! ご飯残っているかしら!」
「食事が終わったあとの方がタイミングはいいだろ!? つーか食う気でいたのがまずおかしいわ!」
「だって一流ホテルのランチコースだよ!? 別室で食べながらタイミングを見計らうつもりでいたのに! こんな空腹じゃ力が出ないわぁ~!! オイ七光り! どうしてくれる!」
「……あとでディナーを食わせてやる!」
「あら! なんだか力が湧いてきたわ!!」
「なんて現金なヤツだ」と呆れた声を出すイーサンと共にガチャガチャと忙しなく準備しながら、辿り着いた貴賓室の扉の前。私達はそっと、部屋の状況を窺う。
貴賓室は重要な会談などにも使用される為、その周辺から許可なくは入れない。
私達の動きが怪しいので従業員は一瞬驚くが、そこは一流のホテルの従業員。動じない。
…………運び出されるカトラリー。
「──今だ」
「りょ!!」
その合図を機に扉を思い切り開け、ヒューゴー様の元へと走った。
「ヒューゴー・ハンコック卿! 受け取り給え!!」
私はそう言って、手袋を取りヒューゴー様目掛けてぶん投げる。
叩きつけるのが決闘の正式な作法らしいが、走った勢いでぶん投げてしまった。こいつぁウッカリだ。
ああっ!一度はやってみたかったせっかくの『手袋叩きつけ』なのに……!
「……お嬢様?! どうなさったんですソレは!」
レナの焦った声。
レナを焦らせたのはちょっと前以来だが、今年に入ってから焦ることが多くて大変だね!
──でもまだここからよ!!
ヒューゴー様はレナの言葉でようやく私がわかったらしく、驚いた顔のまま。
「私からレナを攫いたくば、いざ尋常に!」
「──はっ……」
その言葉でようやく口角を上げた。
この『決闘』はぶっちゃけノリである。
そしてヒューゴー様へのサプライズ・プレゼントだったりもする。
紳士で正攻法の囲い込みしかしないヒューゴー様の代わりに、レナに圧を掛けるのだ。
──しかし、やるからには本気でいくし、敗ける気ではない。
「コリアンヌ! このイーサン・シュヴァリエが助太刀致す!!」
なのでイーサンも参戦する。
──なんたる卑怯な!
──ええい、武士の風上にも置けぬ!!
『助太刀致す』がなんとなく武士っぽいせいか突然現れた脳内武士。(※新キャラ)
彼はプンプンしているが、知ったことではない。私、武士じゃないしね!!
第一、ひとりでヒューゴー様に勝てるわけないじゃん!?
だって相手は化物よ!?
「あらあら!」
「はは! これは大変だ!!」
このサプライズ、ギャラリーの皆様には大変にご好評の様子。
ヒューゴー様が一瞬気付かなかったのも無理はない……私は今、完全に男装している。
イーサン家のタウンハウスに残っていた私に丁度いいぐらいのサイズの服と、なにより短く切られた髪。
『レイ』から思い付いたこと……それがコレ。
今更気付いたことだが、制服の男女差がないのに『レイ』の評判が『男装の麗人』だったのは、意図的なものではないかも、ということ。
原因は当時の騎士科に女子が少ないことと……なによりも、髪型の部分が大半だと思われる。
『レイ』は髪を短くしていたのだ。
最初は美容サロン(※この国に美容院はないが近いもの。エステやネイルもここ)に髪を切りに行くつもりだったが、『髪にも魔力があるのに勿体ない!』『(俺が)結えなくなるだろ!?』と、イーサンが大反対。
挙句、『どうしても切るなら俺に切らせろ! 一度切ってみたい!!』などと宣うので、お任せしてみた。
結果は上々。
流石に手先が器用なだけはある。
…………時間を削られた以外は。
しかしまさに『時は金』。
まさかの手袋代しか使わずに済んだ。
ヒューゴー様が来るのでイーサンには連絡しとこうと思った私は、シュヴァリエ家タウンハウスに手紙を持たせて送った。
その際に『もしかしたら古い服が残っているのでは?』と思い付いたのだ。
出会ったばかりのイーサンは背ばかり高く、ヒョロくて『14歳の美少女』みたいだった。その時の服は私でも入らなくても、その半年後あたりの服ならピッタリなのでは。
たまにしか王都には行っていない様子のイーサンの服なら、もしかして残っているかもしれない。
結果は大当たりだった。
軽装は全て孤児院などに寄付してしまっていたが、貴族のお坊ちゃまが着るようなジャケットやパンツは残っていたらしい。
ご家族の物持ちが良くて、有難い限り。
ついでに模造刀を三振り用意させ、今に至る。
イーサンがヒューゴー様の分の一振りを、わざとぞんざいに足下へと投げた。
「ヒューゴー卿……いや、師匠。 こんな機会など滅多にない。 悪いが本気でいかせていただきます」
「ふふふ……私の大事なレナを、簡単に手に入れられるとお思いで?」
私達の言葉にヒューゴー様は上着を脱ぎ、ゆっくりとした動作で模造刀を拾い、貴賓室の窓から中庭へと出る。
「──そういえば、卒業試験がまだだったな」
そう言って、笑った。
背筋が凍るほどの、恐ろしい瞳で。




