『またね』
次の日の朝、私とレナはハンコック領から旅立った。
ヒューゴー様と、ダスティンさんを筆頭とした家人の皆様も、とても別れを惜しんでくれていた。
最後に心の友と書いて親友である『グラマラス・ブラック』ジョンと、熱い抱擁を交わして馬車に乗り込む。
恩人ならぬ恩馬の『高貴なる赤毛』セルヴァ氏とは、今朝方、予め挨拶を済ませておいた。
「さよ~なら~!! またね~!」
馬車の窓から身体を乗り出し、皆に向けて手を振る。
いつもなら叱るレナだが、今日は怒らない。
ここでの日々は本当に楽しかった。
今は寂しいばかりでも、時を経て、いずれ素敵な思い出になるだろう……
「──てな感じですけれどね?」
座席に戻った私は態度も通常に戻す。
まだ一仕事残っている──そう、レナとヒューゴー様問題である。
先程のお別れの際、ヒューゴー様はレナに握手を求めた。
皆の前で盛大に告白──なんて真似はしないのがヒューゴー様のいいところだ。外部からの圧を作るようなことはしない。「元気で」としか言わなかった。
……まあ、その熱い視線と醸す空気から告白しているようなモンだったけど、そこは目を瞑ろう。
『いいところ』と褒めるのは、昨夜ヒューゴー様がレナに、告白していたのを知っているが故である。
「レナは残らなくていいの? あんなに熱烈に告白されてたのに」
出歯亀を隠そうともしない発言に、レナがジト目を向けた。
「……私はお嬢様の侍女ですから」
「ふぅ~ん」
気のない返事を返し、向かいの父の方に視線を移す。父はにこやかな微笑みを浮かべたあと、目を瞑った。
体力温存派の父は、馬車では寝るタイプである。目を瞑ったのに深い意味など無い。単純に寝る気なのだ。
熱烈に自分の気持ちだけを示したヒューゴー様は、レナにはなにも求めなかった。
だけども、これにはちゃんと理由がある。
王都で父と会ってから、私はヒューゴー様にだけその経緯を告げている。
ヒューゴー様は話を聞くや否や、即座に筆を取り兄君にお手紙を書いた。兄君……ハンコック侯爵家当主様に、である。流石、仕事が早い。
内容は勿論、『ハンコック侯爵家からリヴォニア男爵家への見合い』をお願いする旨だ。
ハンコック侯爵家三男、ヒューゴー様とリヴォニア男爵家末子、レナとの。
経歴ロンダリングは『貴族あるある』──本人は知らないが、既にレナは私の侍女ではなかったりする。
特権階級はまず血が重んじられる。
この国では既に子がいる場合、年齢に関わらず書類上養子は『末子』と記載される。家督や財産の分配の際、最も下に位置づける為だ。
レナは勿論、経歴ロンダリングを行う目的の殆どは『相手方と釣り合う家格である』という箔付け。もしくは家同士の繋がりを強固にする手段に婚姻を用いた場合からの派生。──なので大抵、ここは重要視する項目ではないことが多い。
既に外堀はガッチガチ。
見合いは実家に戻って三日後に行う予定である。
「またね~!」と挨拶したが、ヒューゴー様に関して「また」はすぐだったりする。
レナに言うと最悪逃げられてしまうので、これは見合い当日まで秘密だ。
──我々は決して犯人を逃がしたりはしない!!
脳内デカ長も、力強くそう言っている。
窓からハンコック領は、もう見えない。
膝に抱えているいつものずだ袋のようなリュックの中には、母から託されたもうひとつの書類。
それは『テスラ』のその後が書かれているもの──つまり、本当の『ルルシェ』の『テスラ』としてのその後。
『テスラ』としてなので、当然『隣国に渡り死亡』というところまでで終わっている。
『興味がないから知らない』『資料』などといった母の言葉や、諸々から察するに、これはもともと父が母の為に独断で用意したのではないかと思う。
父が保護するつもりだったレナは、母が(結果として)保護してしまった。『テスラ=レイ』の死まで偽装して。
ヒューゴー様の性格的に、父が保護していたとしてもレナにこのことを教えるかには疑問が残る。
だが、父が母に教える分には納得がいく。それをどうするかは、母が決めればいいのだから。
これは父がレナを『母の侍女』として受け入れた結果として、母が持っていたのだろう。
(『お嬢様の侍女』ねぇ……)
今、書類は母から私の手に渡っているが、既にレナは私の侍女ではない。
レナの言葉に、少し前の出来事を思い出す。
ガタガタと揺れる馬車の中で、リュックに頭をつけるように目を閉じた。




