賢者様とのお別れ
王都へと戻る一日前。
修行最後の日であるが大した修行はせず、びっくりするぐらい早目に終わった。
廃神殿に呼ばれ、こころなしかいつもより若干ゴージャスな、賢者様お手製の料理で修行最後の昼食。
普段は杜撰だが、こういうところは気遣い溢れる賢者様。
──その後、
「「お世話になりました、賢者様!」」
私とイーサンは一緒に賢者様に挨拶をした。
「おう。 ……つーかお前ら、一緒に入学手続きしに行くらしいな……?」
賢者様は私とイーサンの仲を疑っているのか、ドスの利いた声でそう詰問する。
相変わらずリア充がお嫌いなご様子。
確かに明日、シュバリエ伯爵家の馬車と共に王都へと向かうことになっている。
護衛やら何やらを考えるとリヴォニア家にとっちゃ格安プランであることから、金がある割に倹約家である父の仕業だと思われる。
「大体、今更私とイーサンが一緒にいたところで……」
鼻白んだ感じでそう言うと、賢者様は力強く「なにを言う!」と私を睨みつけた。
「修行の場とは違う姿で、しかも……旅!!」
「旅? 旅ねぇ……まあ旅っちゃ旅ですけどぉ……」
荷物と人数の関係上高過ぎるし、特に急ぎではないので転移陣は使わない。日程を考えると一応旅ではある。
「旅とは言っても身内も一緒ですよ? あ、暫定的に婚約はするみたいですけど」
イーサンがそう答えた。
突如現れし、寝耳に水の情報と共に。
「え、そうなの? 聞いてない」
賢者様より先に私がイーサンに尋ねた。
ただ、そこまでの驚きはない。
イーサンのモテ情報や、父の抜け目のなさ、そして今回のことを鑑みれば『さもありなん』と言ったところ。
「ああほら、虫除け的な」
「……私はベー〇かキンチョー〇かよ」
「なにそれ」と首を傾げるイーサンに対し、賢者様は意外にもちょっと笑ってしまっていた。
──勿論意外なのは、ウケたことに対してのみ。
賢者様がベー〇やキンチョー〇を理解しているのは、意外でもなんでもない。
『ダンジョンの操作』をするぐらいだ。
元々のスペックは私より遥かに高いのだろうが……
知識量はともかく、一部知識や賢者様の他とは違う価値観や判断基準……それは私と同様のモノだ。
これだけ一緒に過ごしていれば流石にわかる。
「賢者様も王都までお越しの際には是非ご連絡ください! すぐ駆け付けます!!」
イーサンは別れ際、キラキラした眼でそう言った。色々あれど、彼にとっては尊敬する師なのだろう。
賢者様は、少し居心地が悪そうにその視線から顔を背けた。
「バーカ、駆け付けんでいい。 勉強しろ、勉強」
「いひひ……ちょっと照れてますね? 賢者様」
「コリアンヌ……お前はそういうところを王都で直してこい」
丁寧に頭を下げるイーサンとは逆に、「じゃあね~!」とすこぶるいい加減に手を振って別れた。
私はイーサンとは違う。
賢者様も私を正しく弟子としては見ていなかったのではないだろうか。
賢者様が『転生者』か『転移者』か……或いはまたなにか違う形で『私の前世の記憶』と近いモノを持っているのかはわからない。
でも『イーサンのモバイルバッテリー』くらいの才能しかない私を弟子にしたのは、そういうことが関係しているのではないか……そう、今になって思う。
……まあ『全部そうとは言わないけど、一部くらいはそうなんじゃないかなぁ』ぐらいの軽い感覚でだけど。
賢者様は私にとって『謎の人』だ。
でもその謎には敢えて触れない。
ちょっとだけわかっているのを互いに共有するような、そんな感じでいたいなぁ、と思う。
そして、多分賢者様もそんな感じだと勝手に想像している。
ここが仮にゲームの世界であろうと、最早元のゲームと同じとは言えない世界だ。
設定から逸脱しまくっている。
大体にして、蝶の羽ばたきですら世界は変わるとか言うのだから、賢者様がいる時点でもう滅茶苦茶だろう。
私も今までかなり自由にやってきている。
(健康にもなったしなぁ。 何故か血は吐くけど)
ついでに『虫除け』(※イーサンの)とは言え、婚約者(※暫定)も出来てしまった。
これは学園に入ってからも、フラグ云々など考えなくていいのではないかと思う。
……ぶっちゃけ考えたのはイーサンと出会ったばかりの頃ぐらいまでで、その後はほぼ忘れてたようなモンだけど。
森の中の領分岐地点まで
「明日の用意はしっかり前もってしておけ」
「忘れ物をしてヒューゴー様にご迷惑お掛けしないように」
……などと、くどくど注意事項を言っていた小姑のようなイーサンの話を受け流しつつ、私は漠然とこれからのことを考えていた。




