今更いまさら。
結論から言うと、ヒューゴー様とレナは全く変わらなかった。
そして日々だけが無情に過ぎる。
『賢者様の修行』という理由で無理矢理滞在を延ばしているが、いい加減実家に戻らねばならない。
──ヘタレだな。
──ヘタレね。
──ヘタレでやんす。
脳内友人達全員にそう言われても仕方ない。
マイフレンズ及び私の批判がヒューゴー様に集中するのも。
(いやヒューゴー様はよく頑張ったんだろうけどもさぁ……)
実際ヒューゴー様は気持ちをきちんと伝えている。予想外にも。
本当はレナの気持ち次第だ──ということは、私もわかっている。
わかってはいるのだが……付き合いの長さ的にどうしても『レナが頑固なのはもうしょうがないじゃん。 アレはダメよ無理無理』などと思ってしまうのだ。
「なのにヒューゴー様ときたら、紳士的すぎィィィッ!! そこは一つ屋根の下、もっと強引に行きなさいよおおォォッ!!」
今更だが、ヒューゴー様はワイルドな塩顔イケメンだ。
なにより、そのすてきん(※素敵な筋肉)を何故活かさぬのか。解せぬ。
「屋敷内で服をはだけながらすてきんを見せつけつつ壁ドンで迫ったりすればいいじゃない!」
「パパにはちょっとよくわからない単語が幾つかあるなぁ~」
父はそう言いながら、ヘラヘラしている。
「で? コリアンヌ……今日は何の用だい? 家に帰る気になった?」
今私は『ちょっと森まで修行に♡』と言いながら、こっそり神殿に行き、父の元まで来ている。
今まで使わずに貯め込んでいた小遣いがガッツリ消える行為だが、実家のツケにしたところでウチの家族は甘くないので取り立てられる。利子付きで。
「いやギリギリまで帰らぬ所存。 それよりもお父様……お見合いを進めてくださらない?」
勿論レナとヒューゴー様の。
今更だが、いい加減焦れた私はその為にここにやってきたのである。もう時間がない。
「──レナとヒューゴーのか……フゥ、そうだなぁ……」
「自然に任せていたら、何歳になるかわからないわよ!」
ダスティンさんの懸念もこのあたりだろうと思う。
森に隣接したあの地を任されているヒューゴー様だが、ハンコック家当主に非ず。
この地の特殊性(※主に賢者様との関係性)と騎士として王都に戻りそうもないヒューゴー様の経緯から、早くあの地に根を下ろし子を成すのが家的には望ましいのだろう。
幼少期からヒューゴー様を見てきたダスティンさんとしては恋愛面にうっすい堅物の主の恋を応援したいが、ふたりの年齢的にできるだけ早くしていただかないと困るのだ。
侯爵家子息という立場はあるが、賢者様がとにかく重要。彼に気に入られさえすれば、おそらく平民でも構わない筈。
──だが、他人の持ってきた見合いとなると、そうはいかない。
「でしょ? お父様」
「ははぁ……そこまでわかってここに来たってこと」
私は察してくれたお父様に、母から託されていた書類を渡す。
そう、レナの養子縁組の書類だ。
「私もふたりの気持ちを重んじようと思っていたけど……ブブー! もう時間切れよ!!」
私が顔の前で盛大に腕で×を作ると、父は「ははっ」と笑った。
どこかホッとしている様子だ。
(……まあ、そうよね~)
考えてみれば、この件では色々なところで板挟みになり、一番気を揉んでいたのは父だ。
ヘラヘラしているから、考えないと気付かないくらいだけど。
商会の応接室で私に振舞われたのは、王都土産として開発中のお菓子とお茶。その味の意見を聞かれつつ頬張る。
そんな私を眺めながら父は、感慨深いといった感じで言った。
「君は天使だ、コリアンヌ」
「……はい?」
またいつものが出たー!と思っていたけれど、テンションとタイミングがおかしくてつっこめずに間の抜けた返事を返してしまった。
父は一口茶を啜ると、穏やかな口調で続ける。
「君がヒューゴーの元に行くと言い出した時にはどうなることかと思ったけれど……あれがなければふたりは今も、なるべく関わらないように生きていたのかもしれない」
そんな現在の想像は、容易にできた。
互いに気を使い、必要以上に相手の傷を気にしてなるべく触れないような、そんなふたりの姿が。
「……優しいですからね、二人とも」
「うん」
思い返してみれば、こちらに来た当初のふたりはどこかよそよそしく……それでいてヒューゴー様はレナにとても気を使っていた。
(──はっ! 昔、差し入れにクッキーを持ってったとき、満更でもなさそうだったのはレナが作ったからでは!?)
──フッ、なかなかの推理だ。
──いやデカ長、大分今更っすよ。
──ホホ、気付かなければ良かったザマス。
脳内友人達にそうツッコまれる私。
上からデカ長、ヒロシ、奥様。
いやむしろヒロシはデカ長にツッコんでいる。
そしてここにきて奥様はザーマス口調であることが判明した。
今更に次ぐ今更だ。
「コリアンヌだって優しいさ。 マグノリアもね。 誰かを想って憤ったり、行動するのは容易なことじゃない。 君はママそっくりだ」
「お母様はともかく……私は別に優しくありませんよ。 自分の為です」
気持ちの押し付けかもしれない、とも思ってはいる。
『それでもこのままじゃ嫌だ』というのは私の我儘かもしれない。
そんな気持ちを知ってか知らずか、父はそれ以上なにも言うことはなく……
ただ相変わらずの美しい顔で、私に微笑んでいた。
養子縁組の書類には、レナのサインが既にしてある。
念の為にこれを用意した際、母が上手いことだまくらかして書かせたのか、なんらかの不正な方法で書類を偽りサインを書かせたのかはわからないが……おそらくそんな感じだろう。
今それを使おうとする私は、父の言う通り母そっくりではある。
やっぱり優しくはないと思うが、全く躊躇はない。
父は父で、感慨深げに私のことを『天使』だなんて宣ったくせに、開発中の菓子と茶しか出さず、しっかりそれのアンケートまで記入させるあたり……
そして帰り間際に『愛しているよ、私の天使』などと言いつつハグしておきながらも、転移代を出す気はサラサラないのである。
やってやったという充実感と寂しくなった懐に、胸に手を当てているうちに戻ったハンコック領。
王都とは違う、爽やかな田舎の空気。
…………この日々も、もうすぐ終わる。




