進路
「ところでコリアンヌ」
「ところでってなんだよ……お前こそ空気読めよ……」
鼻を啜りながら八つ当たり的に文句を付けるも、イーサンは全く意に介さない。『今そんな話してねぇだろ』っていう質問をぶっ込んできた。
「お前は何科に進む予定でいる?」
「……はぁ?」
「それによって俺は進路を変えるつもりでいる。 だから騎士科にしろ」
「──…………なんで??」
頭の上に『?』が浮かぶくらい、意味がわからない。
大体『だから騎士科にしろ』って図々しくないか。
いや騎士科のつもりだけど。
「コリアンヌ、さっきイーサンが強制転移を行っただろ? 驚いた?」
「ん? えぇまあ驚きましたけど……」
「まあそうだろうな。 ありゃ高度な魔術だ。 だがイーサンは使えた。 なんでだと思う?」
唐突な賢者様の質問に、頭の上の『?』が10個くらい増えた。
だが流れ的に進路云々の話と繋がっているのだろう。
つまり、何故私と同じ進路に進みたいか──
(もしかして……!)
「イーサンには才能があるから、魔力の点でサポートしろとかそういう……!」
「30点」
『私はイーサンのモバイルバッテリーに非ず』。
だが『そういう扱いをされた』という怒りと共に出した答えは、明らかな落第点。
肩透かしを食らった私は思わず「へっ?」と間抜けな声を発した。
「確かにイーサンには才能がある。 だがアレはイーサンにはまだ、過ぎた魔術だ」
「でも……」
「いいか? まず『糸』を結んだのが良かった。 それをゲートとして術式を展開できたからな。 だがそれだけじゃない。 強制転移をできたのは、お前だからなんだよ」
賢者様曰く、イーサンと私の魔力自体の相性がとてもいい、ということ。
元々放出と吸収という関係性の利点から行っていた、私からイーサンへの魔力供給だったが、相性と慣れから馴染みがよく……『燃費が非常にいい』のだそう。
「気付いてないかもしれないが、利点があるのはイーサンだけじゃないんだ。 魔力供給を行うと必然的に体内で魔力が循環する。 それによってお前の魔力の器は広がり、同時に自然治癒力も高くなっている」
どうやら私にとっても、散々イーサンに魔力をくれてやっていた日々は無駄ではなかったようだ。
でも……
「何故か血は吐きますが?」
「そりゃ知らん。 むしろどうなってんだか聞きたい」
「……仕様?」
「う~ん、仕様じゃ仕方ないな」
やっぱり仕様じゃ仕方ないらしい。
つーかマジでどうなってるんだ私の身体。
「まあ騎士科には進もうと思ってたんですけど……コース選択、ですよね?」
「うん。 イーサンはともかく……ぶっちゃけお前、魔術センスないしね?」
「あ、やっぱりそう思います?」
薄々私も感じていた。
だから私はイーサンのモバイルバッテリー扱いなのだと。
「でも魔力量は超多いしね。 勿体ねぇだろ? 魔術センスなんぞなくても、要領よく基本を使えば十二分にオイシイ『魔導騎士コース』がオススメだ」
「ふむむむむむむ…………」
失礼なことに賢者様は悩んでいる私の顔を見て、「ははっ」と笑ってお茶の用意をし出す。
まあお茶は飲みたいけど……賢者ってなんだっけ?
「──つーか、イーサンは私に合わせていいの?」
最初は『本当に合わせる気あんのかよ』と思った私だが、今更『普通科』を選ぶ理由もない。
そして、イーサンは『魔導師コース』の方が向いているのでは……
(あっでも、ヒューゴー様への憧れとかもあんのかな?)
「ああ、『騎士科』であれば」
「ふーん……」
結局のところ今この国は平和で、私は女で、野心もなく、大それた夢もない。
しかも家には愛も金もあり、しがらみ的な権力もないという、かなり恵まれた状況にいる。
対してイーサン。
彼もまた恵まれているとはいえ、男で伯爵家三男。優秀な兄がいるらしいし、私よりはるかに縛りが多い。
正直こだわりはあまりない。
センスはないにせよ、魔力はあるのだ。
ちゃんと学園で教わるなら賢者様のようにガバガバじゃないだろうし、基本は全然なんとかなる気がする。
なんなら魔導師コースでも悪くない。
(言ってさえくれれば、イーサンの事情も全然考慮するというのに……)
一任されるのは、なんだか面白くなかった。
「なんで? 私が相手なんだからやりたいこと言えばいいじゃん。 通るかどうかは話し合いでしょ」
しかし、イーサンの返事はやや斜め上だった。
「だから『騎士科で、』と言っている……はっ! 騎士科のつもりとか言いつつ、もしや普通科侍女コースとかも考えているのか?」
「いやそうじゃなくて……」
「侍女とか絶対向いてないから、やめとけやめとけ」
「……」
なんとなくイラッときたが、別に気を使っているわけでもなさそうではある。
……本当に、騎士科であればどれでも構わないのかもしれない。
(まあ、ぶっちゃけ私もそうだしな……)
結局賢者様のオススメに従い、『魔導騎士コース』に進むことにした。
「──そういや賢者様。 なんであのふたりに手を貸した(?)の?」
話が一段落したところで疑問をぶつけてみた。
手を貸した……というとなんだか微妙だが、リア充嫌いの割に協力的ではある。
「俺はリア充が確かに嫌いだが、ヒューゴーは別にリア充でもないだろ。 人間関係が拗れて、その流れで恋愛云々が派生しただけの話だ。 むしろ恋愛話に繋がったことが奇跡だぞ? アイツの場合」
「え、そうなの?」
「ヒューゴーは堅物だし、社交に出るのより領地で鍛錬してた方がいいっていう典型的な脳筋だぞ。 騎士爵も叙勲してるし顔だって悪くないっつーのに結婚しないのは、奴の単なる怠惰だ」
言われてみれば、『忘れられない女性』の割に、レナに対して最初から様子がおかしかったわけでもない。
屋敷で共に過ごすうちに、段々と好きになっていったと言われれば、それも納得できる。
噂の女性がルルシェではなくレナなんだと理解していたが、そういうわけでもなく『忘れられない女性』の噂にかこつけて結婚しないようにしていただけの様子。
そこには過去の色々もあるのだろうが、賢者様の言う通り『ただ面倒だから』な部分も確かにある気がする。
「それに俺だって、孫みたいに可愛がってるヒューゴーの幸せは大事だぞ?」
「……」
賢者様にそんな心があったことを驚くべきか、『孫』という単語に反応すべきなのか。
悩んだ結果、スルーした。
……どちらを聞いても、ろくなことにならない気がする。




