告白
首謀者は見えたような気はするが、目的は見えたような見えないような……なにかモヤッとしたものが残る。
原因は、ダスティンさんである。
ダスティンさんと母。
繋がらない訳でもないがイマイチ、違和感があるというか。
「ダスティンは俺の為を思ってしたに過ぎない。……昨夜の俺の、貴女への非礼をまず謝罪させてもらえないだろうか。 ……すまなかった」
席を立つとヒューゴー様はレナの前で跪き、そう言った。
「頭を上げてください、ヒューゴー卿! あれは、私も悪かったのです……頭が冷えたら、その……か、勘違いというか早とちりというか」
レナは平静を装っているが、明らかにいつもより動揺した様子。
だ か ら な に が あ っ た の か な ?
思春期の私は大変気になる案件に耳をダンボにしていたが、レナはひとつ咳をすると語気を強めて話を打ち切ろうとする。
「……とにかく謝罪は受け入れました! ですからこの話はもうこれで終わりで」
「そうだとしても、そういうわけにはいかない」
しかし、ヒューゴー様も流石に跪いただけあり──
「結論から言うと……俺は、貴女が好きだ」
言ったぁあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
意外とアッサリ言ったね?!!
「正直、この期に及んでもまだモダモダするかと思っていたのに!」
「……コリアンヌ、口に出ている」
「おっとこいつァ失敬──……ん?」
その時私の身体に異変が起こった。
(右手が、熱い?)
「はああぁぁっ!?」
「コリアンヌ?!」
「お嬢様!!」
右手の熱が一気に伝播したかのように私の全身を包み、なにかに引っ張られるように宙を浮く感覚。
(賢者様のとは違う、強制転移! ……これはまさか……)
……イーサン!?
こんな高度な術をいつの間に?!
っていうか続きが見れないだろぉがぁ~!!
今いいとこなのに!
「ぷぎゃっ!」
案の定、私は賢者様の部屋に戻された。
そして何度強制転移を喰らっても、私はいつも大体尻から着地する謎。
「おお……成功したッ!! ……賢者様! 俺やりましたよ!!」
「ヨシヨシ、良くやったな~イーサン」
盛り上がるイーサンと賢者様。
お前らが盛り上がるんじゃない!
盛り上がっていたのはあっちだったというのに!!
「──ちょっと! どういうこと?!」
立ち上がり怒りをぶつけると、イーサンは私に残念な子を見るような目を向け、『ヤレヤレ』というポーズを取る。
それがまたイラッとする。
「どうもこうも、お前はなんでそう空気を読まないんだ……明らかにお邪魔虫だっただろうが。 ふぅ……これだからお子様は」
「なんだとー!! 大体状況知ってるってことは見てたんだろうが! 出歯亀ッ!! 最低ッ!!」
「え、じゃあコリアンヌは続き見ないの?」
「いや、見ます」
賢者様に声を掛けられて、即イーサンのことは置いておくことにした。
今はふたりが気になる。
促されて席に着いた目線の先。ダイニングテーブルには魔道具なんてものはなく、あるのは一枚の紙。その紙になんか色々書いてあるだけ。
でも賢者様がそれに手を翳した途端、立体映像が現れた。
クソチートめが、と脳内で呟く。
ふたりは馬車に乗ったところだった。
私のことは賢者様の仕業だとわかってはいるようだが、『心配なので一旦屋敷に戻る』という話でまとまったみたいだ。
「も~、レナにいい口実ができちゃったじゃない」
「お前がいたってどうせ話は進んでないだろ」
「黙らっしゃい!」
ただ黙ったまま、気まずい感じの絶妙な距離で対面に座るふたり。暫く馬車が進んでから、ヒューゴー様がようやく口を開いた。
「昨夜のこと……なんだが」
「いえ、誤解だということは」
ゴホン、と咳払いをひとつ。ヒューゴー様は遮られた話を、もう一度仕切り直す。
「そのことはとりあえず置いておいて……そうではなく、その前と今の話をしたい。 イアンの持ってきた縁談の」
「……適当に捨ててください、と」
「その気持ちが今も変わっていないなら……すぐには無理でも少しずつ……少しだけ、俺のことを視野に入れてくれないだろうか」
「ご冗談を」
「冗談ではない」
いつも通りシニカルな微笑を以て流そうとしたレナに、被せ気味でヒューゴー様は否定した。少し強くなった語調を弱めるように、静かにゆっくりと続ける。
「貴女にしてみれば突然で……過去のこともある。 無理強いはしない。 断ってもいい。 ただ……きちんと考えてほしい」
物凄く消極的で、同時に物凄く、勢いで断ることのできない告白──
とても紳士で真摯なだけに、レナの無表情なままの瞳が動揺を隠せず揺れ、ヒューゴー様から視線を外した。
「……困ります」
「困らせないよう努力はしよう。 貴女の主が一番だと言うなら待つし、ダスティンにも他の誰かにも、もう余計なことはさせない。 だが、なかったことにはしないでくれ」
やはりダスティンさんは、『結婚をしようとしない旦那様』に発破をかけるのが目的だったようだ。
(──あっ……モヤッとした理由がわかった気がする!)
そこにきっと、父も一枚噛んでいる。
レナの過去の記憶から考えても、父はヒューゴー様のことを凄く気にしていた。
そもそも今回の事象だけでいえば、全てのきっかけは父の持ってきた釣書……ダスティンさんとの関係を考えても母との繋がりよりも父。
多分本件における首謀者は、父とダスティンさん。
(お母様はヒューゴー様のことを、特に考えていないもの)
母は首謀者に見えて、実は乗っかっただけなのではないだろうか。
──沈黙が続く。
ふたりを見ているこちらも固唾をのんで見守る。……いやまあ出歯亀なんですけどね!
沈黙を破ったのは意外にもレナだった。
「ヒューゴー卿は……よくこちらに?」
「いや」
「……そうですか」
レナが再び視線を逸らし、ただ白いだけの窓をじっと眺めると、また軽い沈黙が訪れる。
だが今回は、次の言葉のために少しなにかを考えているような、そんな感じだ。
「──俺が言いたいことは、言った」
「!」
視線を戻したレナと目が合い、ヒューゴー様は少し息を深く吸う。
「もし貴女が聞きたいことがあるなら、なんでも答えよう。 ……今でも、いつでも」
そう言って微笑む表情は、『鍛えても貴族』のそれ。完璧な微笑だがあまりにヒューゴー様らしくなくて、それが痛々しい。
「………………ヒューゴー卿は、お変わりになりませんね」
「変わらないものなんてないさ」
ふたりは何故か僅かに笑って、互いに白いだけの窓を眺めた。
「……ふぉおぉぉぉおぉぉ!!」
「うわっ! なんだよ?!」
「なんでまだこんなモダモダしてやがるんだぁぁぁ!!! えっ?! おい!」
「俺に言うなよ……」
私はなんかもう、号泣した。
イーサンは、それにちょっと引いてた。




