ようやく再会したものの
怒りに任せてシャウトした結果──
「かはっ……!!」
──血を吐いた。
あんだけ偉そうに叫んでおいて……我ながら締まらない。
「コリアンヌ!!」
「あ、大丈夫、いつもので……あぁぁ!! ヒューゴー様のお召し物に血がァッ! ……げはっ」
「叫ぶな、大概余計吐血するだろ……服なんかどうでもいい」
「ふふふ……もう慣れたモンっすね……こふっ」
森でイーサンがくれた、血飛沫刺繍入りハンカチを内ポケットから取り出して口周りを拭く。内ポケットに入れていて良かった。
「そういえば君らがここに来るきっかけも、吐血だったな……」
「お陰様で今はもうこんなに丈夫になりました。 血は今でも吐きますが、もうこれは仕様ですから」
「はは、仕様なら仕方ないな」
それで納得するあたり、本当に慣れたものだ。
血を吐いたのに、何故か普段のような雰囲気に戻るという謎。
そこから会話らしい会話もなかったが、今度は重苦しいわけでもなく、ただ互いに別のことを考えていたように思う。
ヒューゴー様は、レナのことだろう。
私はそんなヒューゴー様のことを考えていた。
ヒューゴー様は自分のことを『浅ましい』と言っていたが、別にそうは思わない。
好きな人に嫌われたくないのなんて、当然じゃないか。
他人の気持ちなんてわからないし、なんだったら自分の気持ちだってわからない時もあるのだ。全てが上手くいくようにしようと思う方がよっぽどどうかしてる。
ましてや状況と共に気持ちだって変わる。その時上手くいくためにとった行動が後々そうではなくなったとしても、それをいちいち悔やむのは馬鹿げている。
(……恋愛は人を馬鹿にするんだなぁ)
そう思いなんとなく、少し前を歩くヒューゴー様を眺めた。
今平静を装っているが、きっとまだしょうもないことをぐちゃぐちゃ悩んでいるに違いない。いつもは逞しくて頼れる広い背中に、不安が滲み出ている。
ヒューゴー様は女々しくて、カッコ悪い。
でも、カッコ悪いヒューゴー様は、とても素敵に見える。
そして──
筋肉男子の情けないもだもだに心臓がギュンギュンする。
(批難はしたけれど…………尊い!!)
『あれは、いいものだー……』と神経質そうな紫髪の紳士がまさに通り過ぎるように流れながら頭に過ぎる。
おそらくアニメキャラ。
お外に出られない時、有名長編アニメを観まくったという記憶はあるが、その題名や内容までは覚えていない。
でも確かゴーレム?が沢山出てくる話で、その一体はガンガル?とかそんな名前な気がする。なのできっと『ガンガル君』というゴーレム?が頑張る話なのではないだろうか、と予測している。
是非ともヒューゴー様にも頑張って頂きたい。
脳内はどうでもいいことに逸れたり戻ったりしているものの、足はきちんと目的地に向かっている。目的地はそう遠くないが、傾斜と雪のせいか思ったより時間がかかっている。
雪が少し、強くなってきた。
それでもハンコック領北にある屋敷のある場所程ではない。雪に多少視界が遮られても、かなり離れたところからそれは目視できた。
墓地の管理をしている小さな教会の扉を開ける神父様に続いて、出てきた女性──
「レナ!!」
「お嬢様?!」
駆け寄る私にレナは珍しくハッキリと驚きの表情を見せる。それに構わず抱きついてギュッとした。ちょっと責める意味も込めて。
「黙って消えるなんて酷いじゃない!!」
「お嬢様……」
しかし、レナの発言に私が驚くことになる。
「……黙って消えてはおりませんが」
「えっ?」
思わず身体を離すと……レナはしっかりコートを着ていた。荷物という荷物はないが、小さな鞄を携えている。
「……どういうこと?」
「いえ、確かに急なことで申し訳なかったのですが……まあ色々ありまして……少々、その、トラブルというか」
珍しく狼狽えるレナ。
そこも知りたいが、とりあえず今はその先が気になる。
曰く、その『トラブル』で動転したレナは衝動的に屋敷を飛び出したが、すぐに我に返り屋敷に戻ったらしい。
「そこで私を待っていたダスティンさんにコートと充分過ぎる程の金子の入った鞄を渡され、一旦賢者様の元へ行くように言われたのです。 『賢者様のところに行けばリヴォニア家に連絡が取れる』、『お嬢様には伝えておくから』、と」
ダスティンさんん────?!?!
「聞いてないよ?!」という私の叫びにレナも困惑し、謝る。
「申し訳ありません……私の主はお嬢様。 動揺していたからと言ってあまりにも軽率でございました……」
「いや、いいんだけど……」
思い出すかたちでヒューゴー様の方を見ると、近くまで来て固まっていた。
レナも少し固まったが、すぐにカーテシーを取る。
気まずい雰囲気を察したのか、そこにガタイのいい神父様がやんわりと割って入った。
「またいらしてくださったのですね? ここは寒いですから、皆様中へどうぞ」
「神父様……」
──空気を読める大人って有難い。
この教会は墓地を守り死者に祈りを捧げるのが目的であるため、遺族の為の談話室があるようだ。
小さな台所が付いており、お茶だけは入れられる。セルフサービスで。
神父様は平民の退役軍人がなることも多いらしい。これは戦が多かった頃の名残であり、信仰に救いや贖罪を求めた軍人側と、墓泥棒の対処ができるという教会側の利点が合致した結果だそう。ちなみに統一宗教だが、神殿と教会は管轄が違う。
(道理でガタイもいいわけだ……)
午前中も来ていたヒューゴー様は、神父様に少し気まずそうに挨拶をしたあと馬車を頼んだ様子。
それを待つ間に話を聞くことになった。
レナが森に入るとすぐ神殿に着いたという。
賢者様はなにもかもわかっていたらしく、部屋に通すと母と既に魔術で交信が行われていた。その際『いい機会だから休暇を取りなさい』と命じられたそう。
「休暇といってもどこにいけば良いか困っていると、賢者様が『ならば心に従え』と」
地下神殿へ通されたレナは『眠っているうちに君が目的とする場所に着く』と言われたらしい。
レナは母の悪口は決して言わない。
言わないのでわからないが、多分、素直に従ったのは母のせいであろう。
「起きたら墓地の手前の、ベンチにおりました」
「…………」
「…………」
──沈黙が、重い。
なにをどう話したら、或いは聞いたらいいやら、ちょっとわからない。
「…………ご心配を、お掛けしました」
「いや! そもそもダスティンが!」
「そうそう、お母様も!!」
私とヒューゴー様は謝るレナに慌てて口を開き、言葉を発した後で顔を見合わせた。
どこからかは知らないし、賢者様の意図もイマイチわからない(ノリかもしれない)が──
首謀者は大体わかった。
私達は、完全に掌の上で転がされていたのである。
お読み頂きありがとうございます!
『どうでもいいことを沢山書くから話が進まないんだよ!』と自らツッコみつつも、今後も好きなように書いていきたいと思います。
もう10万字近いんで今更な宣言ですが。
これからもお付き合い頂けると嬉しいです!
次回更新、少し遅くなります!




