使えるものは、使えるうちに!
体質改善は思いの外順調に進み、私の身体はみるみる健康になっている。
まず魔力を溜め込む量が減り、以前より動けるようになった。
動くことで体力が減り、体力の回復に魔力が使用される……という、いい循環が行われているのだろう。
おかげで今では元気いっぱい!
スキップだけでなく、ツーステップもできる。
王都ではムーンウォークしか出来なかった私が、軽快なステップを踏めるのだ。
しかし残念なことに、邸宅の庭くらいまでしか自由に動くことができない。
そしてここには、やはり大人ばかり……同世代のお友達はできそうにない。
だが、ヒューゴー様とは仲良くなれた。
無口でやたらとでかい彼が苦手だった私だが、ヒューゴー様は単純に子供にどう接していいかわからないだけだったようだ。
互いの存在に慣れた私達は上手くやっていた。
ただ──
「ヒューゴー様ァ~♡」
「!!」
あの日以来、私が駆け寄ると彼は一瞬身体を固まらせる。
すっかりトラウマを植え付けてしまったようである。
他より逞しい成人男性がそうなることに私は若干の愉悦を覚えており、9歳の幼児であることにかこつけて、常に出迎え時は駆け寄るようにしていた。
そして、抱きつく。
ヒューゴー様の胸筋と腹筋の程好い弾力は堪らない。ペラペラの父とは段違いの、素晴らしい感触だ。
(これは……幼児であるうちに触っておこう)
筋肉の感触を堪能すべく、私はぎゅっとヒューゴー様を抱きしめ、スリスリとお身体に顔を埋める。
「そろそろ離れてくれないか? コリアンヌ嬢」
「ウフフ、きん……ヒューゴー様だーい好き♡♡ ブンブンしてくれるまで離しませんのよ!」
「ふっ……仕方ないお嬢様だ」
やれやれ、と笑いつつも満更でもない様子でヒューゴー様は私を高く抱き上げ、ブンブンと振り回した。
「きゃ~♡」
私は幼子の様にブンブンと振り回されるのを楽しむ──フリをしつつ、ヒューゴー様の上腕筋が膨らみ、それによりお召し物がパツパツになる様をうっとりと眺めている。
──そう、私はすっかり筋肉に魅了されていた。
幸か不幸か、私の身体は発育不全で平均より大分小さい。
この国の7歳児の平均と同じ位。
ヒューゴー様も家人も皆、私が実は9歳児であることを忘れて幼児の様に接してくれるあたり、とてもオイシイ。
彼は妙齢の独身男性であり、私は一応ご令嬢。
いくら『乙女ゲーム世界(※設定ユルユル)』とはいえ、通常の9歳児ではかなり黒に近いグレーだろうと思われるので、ヒューゴー様もこんな真似はしてくれないに違いない。
「大分重くなったなぁ」
「……ぬっ?!」
「ぬ?」
「れ、レディにそんなこと言うなんて、失礼ですわよ!」
「はは、すまんすまん」
子供らしくプンプン怒る私を、皆微笑ましく眺めている。
だが内心は、冷水を浴びせかけられたような気分でいた。
(……今きっと、魔力を溜め込んではいないのね。 身体が軽いもの)
どうやら今、体内の魔力は成長を促すのに使用されているようだ。しかし今までだって魔力はあった。それよりも吸収する力の方が強かったのか?
色々気になることはあるが、そんなことどうでもいい。
問題なのは……
(成長しちゃったら、ヒューゴー様の筋肉を味わえなくなるじゃないかァァァ!!)
子供でいたい! 幼女万歳!!
「これは私がまだ幼女の魅了が使えるうちに、何とかせねばならぬ案件ッ!」
私はヒューゴー様が与えてくださった自室で、爪を噛みながらそう息巻く。
「どうしたらいいと思う!? ……レナ!」
王都を離れヒューゴー様のお世話になるにあたり、レナだけは、こちらに侍女としてついてきた。
私は当初、レナを父の間者として見ていたが、レナの雇い主は(とは言ってもお給金自体は男爵家から出ているのだが)母であった。
元々レナは、母の侍女として雇われたのだそう。
詳細は知らないが所謂没落令嬢らしい。
レナは自分を拾ってくれた母には恩義を感じている様子。実際、誰にでもクールなレナだが、母に対してだけはちょっと醸す空気が他と違う。
そのあたりを見るに、敬意を示してはいても父に特別な恩義は感じてなさそうだ。
それらを踏まえ私は、前世の記憶について開示する相手にレナを選んだ。
今ちょっと人より頭がいいのかもしれないが、それは多少の前世の記憶と、やることがなくて勉強をしていたが故。しかも比べる対象が9歳児。
おまけに人より『ちょっと』ってだけだ。
『とっても』頭のいい9歳児程よくはなく、親が厳しかったりする高位貴族や、次期当主予定の子にはその『とっても』が沢山いる。
そして私は別に地頭がいいわけでもなければ、勉強が好きなわけでもない。ただ勉強以外にできることがなかっただけ。
健康になった今、他にしたいことはいっぱいある。
幸い親も厳しくないのだから、それらをしない理由はない。
──要は、勉強する気がない。
ましてや『乙女ゲームフラグ回避』などの、わけわからんモンのために勉強とか、鼻で笑う。ならばいざと言う時の為に、頼れる相手が必要だ。
冷静で頭が良さそうで、元・令嬢。
私の素を知っているので誤解を受けづらく、諌めたり叱ったりすることも躊躇しない。
母への恩義と忠誠から充分に信頼もおける。
情報を開示し相談する相手として、レナはピッタリである。
──ラノベとかで『前世のことを誰にも相談しない主人公』とか、ハッキリ言って意味不明だわ!
──周囲がそんなに信用ならないのかしら?
──ドアマット系(※とにかく虐げられるタイプの主人公の俗称)気取りなのかしら?
「──ねェ?! 奥様!」
「私は奥様ではありませんが」
「おっと、つい癖で」
『成長に従いおねだりしづらくなる。 このまま筋肉を堪能し続けるには、どうしたらいいか』という私のお悩み相談に対し、レナはこう返す。
「お嬢様は『筋肉を堪能する』以外にやりたいことはないのですか?」
「やりたいこと……」
「とりあえず、それをやったらよろしいのでは。 色々おねだりできるうちに」
(成 程 ……)
やや筋肉からは逸れた答えだが、確かに正しい。
流石はレナだ。
「ウフフ、あんまりヒューゴー様の筋肉が魅力的過ぎて我を忘れてしまっていたようね♡(てへぺろ)」
「左様でございますか」
「ところでねぇ~、レナ? おねだりってどこまでイケると思う?」
「…………なにを頼むおつもりです?」
「あのね……」
「──」
「──」
レナは私の答えに難色を示したが、一応アドバイスはしてくれた。
『物を頼む時のコツは、ハードルの低いものから』
そんなわけで。
まず最初に私は『馬に乗りたい』とヒューゴー様に頼んでみることにした。