ミッションよりも
ようやく本気になったレイだったが、やはり押されてしまう。
今までは相手もレイが本気でないと見て、本気を出していなかったのだ。
「レイッ! ……くっそ、もう~」
「コリアンヌ!」
抵抗して暴れる私に、ヒューゴー様が近付いて声を掛ける。警備兵を無視し、「よくやった」と小さく一言。
その瞬間、拘束は解かれ警備兵は消えた。
「……もう応援すら耳には届かないだろう。 見ろ」
「あ……」
押されてはいるが、集中している。
敗けるタイミングを見計らっていた時と、動き自体は似ている。だが、決定的に異なるものを肌で感じた。
レイは自分の本気で相手に挑んでいる。
「あとは見届けるだけだ」
「…………」
勝敗はおそらく関係ない。でも──
(勝ってほしい)
ヒューゴー様も同じ気持ちだろう。
ここでレイの気持ちが途切れるとは思えないので、もうミッション自体は終わったようなものだが、見届けるまで目を離す気はない。
──ガィンッ!
一際大きい刀の接触音と共に周囲が息を呑む。続いて少し後に、ドスリと重い音。
片方の弾かれた模造刀はその手を離れ、土に着地した。
もう片方の模造刀の切っ先は、敗者に向けられている。
敗者であるレイはそれを強い眼差しで見つめていたが、やがて満足したように力を抜き、瞳を閉じた。
小さく息を漏らし、柔らかく口角が上がる。
その瞬間──
「はわぁっ!?」
「!!」
世界が白く発光し、唯一私から見えたのはぼんやり浮かぶレイとヒューゴー様のシルエット。
それも見えない程の白に包まれたのは、あまりの眩しさに目を瞑ってしまったから。
瞼の裏がチカチカする。
これは……ミッションクリアか?!
──よくぞ気付いた……それでこそ(以下略)
シバG────!!!!
ちょっと!(以下略)とか手抜きじゃない?!
亡き人を想う回想シーンの様に金色に輝く空を覆った半透明のシバGは、出オチ的に出るだけ出ておいて『フォッフォッフォ』といかにもな笑い方で髭を撫でながら、光る山々が描く稜線の彼方へとフェードアウトしていった。
「なにしにきたんだ……」という疑問がそこはかとなく湧き上がるのを禁じ得ないが、当然いつものパターン──そう、
「──ファッ?!」
夢オチである。
夢幻の住人、シバG。……是非も無し。
シバGのキラキラ金色エフェクトの代わりに目に入ったのは、薄暗く、高い天井……ダンジョンの部屋の全貌。
いかにも神殿らしい、ストライプに刻まれた円柱が広い空間の脇に整然と列を成す中央部の奥。
数段の階段に続いて美しい彫刻で彩られた祭壇の様な物の上に、レナは横たわっていた。
「……「レナ!!」」
駆け寄る私と、少し後ろから響いたヒューゴー様の声が重なる。
ほぼ同時にふたりがレナの元に着くと、祭壇を中心としたその周囲が光に包まれ、足下の崩れる感覚。
「強制転移?!」
「賢者様か!!」
──ダンッ
「くっ……」
穴に落ちるように私より先にどこぞに落ち、態勢を崩しながらもしっかり着地を決めたヒューゴー様と、
──ドカッ
「ふぐっ?!」
「ぷぎゃっ!!」
その背中に落ちる私。
重なったドミノ状態から身体を起こすと、周囲に広がる田園。その少し先に街。建物の隙間を埋めるように海が僅かに見える。そこは──知らない風景だった。
(……イヤだからどこだよ?!)
ハンコック領よりも気温が高く、雪は降っているが積もるというより、僅かにそこらを白く染める程度。
「……レナは!? レナ!!」
「コリアンヌ、こっちだ!」
周囲を見渡しながら叫ぶ私の腕を引き、ヒューゴー様は走り出す。少し前のめりになった態勢を整え、遅れないよう脚を動かした。
坂の小道を進みながら、白い息で問う。
「ここはっ、どこですかっ?!」
「ドゥルジだ! 墓がある、ルルシェの!!」
「!」
レナの記憶の中でヒューゴー様が知ったこと。
レナは一度も墓を訪れてはいなかった。
だから──『ルルシェがテスラの身代わりになった』という事実を、レナは知らない。
──まだレナに隠す気でいるのか。
「…………でぇい!!」
「うわっ?!」
私はヒューゴー様の足を狙い、渾身のタックルを決めた。不意打ちを食らったかたちのヒューゴー様だが、半回転気味に背中から転がってその勢いを殺す。
更に私は次の攻撃に出たがアッサリと避けられてしまい、雪が軽く積もった斜面へと突っ込んで倒れた。
「なにをする!?」
すぐさま起き上がり、ヒューゴー様の前に立ちふさがる。雪の混じった土に泥だらけになっているが構いやしない。
「行くなら私の屍を越えて行け!」
「……なにを言っている?!」
「行かせないって言ってるんです!」
「どきなさい、コリアンヌ」
「イヤだね!!」
もうレナは、抑圧された不遇な子供でも、ただ庇護されなければ行き場のない状況でもない。
「ヒューゴー様が言わないのはいいよ! でもレナのすることを邪魔しないで!」
「!」
「レナのことを決めるのは、ヒューゴー様じゃない!!」
「コリアンヌ……」
ヒューゴー様は上着を脱ぐと汚れて濡れた私の肩に掛け、深く白い息を吐いた。
「そんなつもりじゃない……」
小さくそう言ったあと、黙ってしまったヒューゴー様の次の言葉を、目を逸らさずに待つ。
掛けられた上着を払い除けたりはしなかったが、私はヒューゴー様の言葉を信じてもいなかった。
「……だが、そうだな、ゆっくり行こう。 レナを、迎えに」
「言い訳がましい……」
「違う」
「そうだよ」
「違うさ、残念なことにね」
まだ怒っている私の肩を軽く押しのけると、ヒューゴー様は歩き出した。その動作が情けないほど緩慢だったので、私も後ろからついて行く。
先程より積もった雪を踏む足音だけが響く中、ヒューゴー様は再び話し出した。
「…………俺は君が思う程、彼女のことを考えちゃいないんだよ。 浅ましいことに自分が嫌われないかどうかばかりが気になる」
「……」
どのみち急いでもここまで来ていれば変わらない。そもそもレナだけいないということは、先に送られているのだろうと思う。多分、墓地により近い場所に。
ヒューゴー様は冷静でなかったが、私も冷静ではなかったということだ。──でも
「……嫌いませんよ」
「どうかな」
「嫌う理由がありません。 むしろどうしてそうなるのかわかりません」
ハッキリ言って、ぐちゃぐちゃ悩みすぎだと思う。当事者じゃないからだろうとは思うが。
(ダメだまたムカついてきた)
極一部だけ見たレナの過去ですら『辛い』と感じた私だ。
入り組んだ状況や戦禍の中でヒューゴー様が見てきたものや、その苦悩なんてわかりっこない。
それがもどかしいんだ、とわかってはいる。
わかってはいるが、
「レナはヒューゴー様が隠してたことをいちいち責めたりするような、器のちっさい女じゃありませんよ!」
「いやそうだとしても……」
「あーうるさいうるさい!!」
想像して慮ってなどやらぬ。
慮りまくった結果が今なのだ。
「大体ッ……」
変わらない未来を知りながら、過去に対峙した時間を無駄だなんて思っちゃいない。ただそれは、
「ヒューゴー様はレナが起きたら、しなきゃいけないことがあった筈だ!」
変わっていく現在に向けて、なにかしらを決めるためであるべきだ。
そうであってほしい。
そうであるなら。
「それだけ考えてりゃいいんだ!!」
その選択の方が、ずっと大切な筈だから。




