己に報いよ
三巡目──ヒューゴー様によく似たオッサンからの言葉を受けたあの時、確かにレナの心は動いていたと思う。
でも、結局レナはなにも言わなかった。
そして場面は消え、ミッションはクリアしていない。
「どういうことでしょう……?」
「さあ……わからないが消えたということはもしかしたら、クリアが不可能になったのでは?」
「クリアが、不可能……」
反芻し、その意味を考える。
『過去に立ち向かう』というミッションで正しいと仮定するなら、『立ち向かわない』とレナが決定してしまったのだろうか。
(…………いや、『立ち向かわない』は正しくないな)
行動を起こすのが正しいか否かを決めるのもまた、自分自身だ。動かないという選択も、自分で選んだなら正しい筈だが……
「抗わないと駄目なんですかね?」
未来を変えるような選択をしなければならないのだろうか。
「……わからない。 場面の消滅が良いのか悪いのかすら、判断が難しい」
確かにポジティブに考えるなら『全て消滅させればクリア』の可能性もある。……ただし、同時にゲームオーバーの可能性もないではない。
「君はどう思う?」
「私はポジティブに捉えたいです。 レナがそれで納得できたなら、それはそれでいいと思うもの」
──いずれにしても、未来は変わらないのだから。
「そうか、俺も同意見だ」
そう言うとヒューゴー様は微笑んで、私の前に拳を突き出した。
「コリアンヌがいてくれて助かった。 ──ひとりなら、まだ判断しかねたと思う」
「ヒューゴー様……」
私も笑って拳を突き返し、合わせる。
騎士団や自警団で、任務開始や解決の時などに団員同士でよくやる仕草。
仲間への信頼や、感謝の証だ。
「そうは言ったが……決闘ではレイに本気で闘ってほしい」
「私もです」
レイがあれだけ強かったのは真剣だったから……きっと、並々ならぬ努力をしていたのだ。
口には出さなかったが、私だって散々稽古をつけてもらっているのだから、わからないわけがない。ヒューゴー様も当然わかっているに違いないし、なんならそんな姿もリアルタイムで見ているのではないか。
勝敗は問題じゃない。
だが勝つ気でいってほしい。
その後の諸々を考えた結果だとか、騎士である自分を捨てる為の苦渋の選択としても……『納得すればいい』だなんて、私達には絶対言えない。
──ザザッ……!
突風。そして、その音。
草の匂い。眩しい位の光。
ひらひらと舞いながら落ちる、千切れた葉っぱ。
そこに立つ、少年のようなレナ。『レイ』。
「レイ」
「貴方がたは……」
私達がレイに近付くも視線はヒューゴー様だ。ヒューゴー様によく似たオッサンに、瞠目したあと、少し困惑を見せる。
「決闘があると聞いて、見学に来たただの野次馬さ。 ……ああ、諌める気持ちはない」
「そうですか……」
「よかったら、手を見せてくれないか」
「……手を?」
「ええ、グローブを取って」
少し躊躇いながらも、レイはふたりの言葉に従った。グローブを取り見せた掌は私の知っているレナのそれではないが、レナの掌がとても堅いのはこの時の名残だろう。
目的は父への反抗からと聞く。家を出て身を立てる為だったのだろうか。或いはそこまでではなく、世間知らずの令嬢がひとり市井で生きていく為の、防衛手段としてかもしれない。
だがきっかけはなんにせよ、遮二無二研鑽を積まなければこうはならない……そんな掌だ。
「──レイ、君は強い」
「!」
「自信を持って己に報いなさい……悔いの残らないように。 行こう、コリアンヌ」
ヒューゴー様がそう言うと、私はレイの手をギュッと握った。
多分、レイも感触で気付く筈だ。私の掌の、研鑽の証に。
「私も騎士科に入ります! ……貴女には負けないわ!! いずれまた!」
そう言いながら、ヒューゴー様の背中を小走りで追い掛けた。
「少しは発破をかけられたでしょうか……」
「どうだろうな……」
ギリギリまで話し合った結果、三巡目のやり取りを参考にして干渉の方法を決めた。
同調と、肯定。そして適度な圧。
騎士としての矜恃なんて大それたモノは無いかもしれないが、懸命に努力してきたレイには必ずその自負がある。
それを自覚させるのが目的だ。
──そして人が集まり、決闘は始まった。
響く模造刀の、鈍い音。
今回は明らかにいつもと違う展開だ。
……レイが押されている。
(干渉が、裏目に出た?)
「ヒューゴー様……!」
「ああ、酷いな」
思わずヒューゴー様の上着を握り締める。
見ていられない程精彩を欠く動きだが、目を逸らすわけにはいかない。
「だが……迷っているなら、逆に望みはある」
「!」
迷っているのは──敗けたくないからだ。
「…………レイッ!!」
観衆を掻き分け私は前に出て、声を張り上げた。
できることなどもう、これしかない。
「いっ……けえぇえぇぇ───!!!!!」
ただの、そして渾身の応援だ。
「今こそ努力の成果を……もがっ?!」
すぐに警備兵に捕らえられ口を塞がれた。
羽交い締めにされて引き摺られつつ……ほんの一瞬、相手と距離を取ったばかりのレイと目が合う。
少し呆れたような、ちょっとだけ驚いた表情。
それは、私がよく見ている『レナ』。
軽く呼吸を整えたレイの瞳には、もう迷いは見られなかった。




