四巡目
響いている感もあっただけに、三巡目私は結構ガッカリしたのだが、ヒューゴー様はそうでもなかった様子。
「コリアンヌ、四巡目は見に回ろう」
「……なにもしないのですか?」
「ああ。 まだ諸々話し足りないところもあるしな……コリアンヌの意見が聞きたい」
敢えて幼女レナから少し距離をとって眺めながら、ヒューゴー様はそう言い、説明を始める。
この日はヒューゴー様とルルシェの顔合わせの茶会だったそうだ。
「幼い妹のテスラとも仲良くするよう言われていたが、何故かテスラはこちらに近寄ろうとしなかった。 当時は人見知りなのだろうと思っていたが……子爵になにか言われていたのではないかと思う。 『仲良くなるな』とか」
「それは……どういう?」
「後でわかったことだが」という前置きを以て、ヒューゴー様は続けた。
曰く、当時からレナ……テスラは勘の鋭い子で、幼いなりにその人物を明確に分別したという。
もう少し育っていれば上手く隠せたところだが、如何せん子供、態度の違いからそのことがわかってしまったのだ。
それは子爵にとって上手く利用できれば非常に有益。──だが、テスラは自分を駒としてしか見ていない父を恐怖し、近寄らなかった。
子爵はテスラが侯爵家の人間と仲良くなり、信頼を寄せてはいずれ自分が困ると思ったのだろう。
「実際テスラは当時、酷い折檻を受けていたようだ。 幼いうちに恐怖で支配しようとしていたのだろう。 しかし、テスラは賢かった」
自分の態度で褒められたり殴られたりするのを早々に理解したテスラは、普段から表情を出さないように努めることにしたようだ。
まさかレナのクールな部分が、そんな不愉快な過去から培われたものだとは思わなかった。
意見を聞かれても、なんとも言えない。
場面はまだ最初だが、二番目の場面の説明も続けてしてもらうことにした。
「……二番目の場面の状況が、特によくわからないのですが」
「あの頃テスラはいつも地味な恰好をし、外にも出なくなった。 その上仲が良かったルルシェも避けるようになったんだ」
姉ルルシェもそれを心配していた。
相談を受けたヒューゴー様は、ルルシェと出掛ける際には一緒に誘うようにしていたものの、常に断られていたそう。
ルルシェと共に出掛けた時、侯爵家からなにかルルシェ宛に贈り物をする時は、必ずテスラにもなにかをあげたが……
「ルルシェがいない時に話し掛けられ、『要らない』と。 それがあの時だ」
「それも父親に?」
「いや、あの頃子爵は仕事と称し隣国へ渡っていたし、幸いテスラは強かに育ち父親へは反抗していたものの、生活に障りないようにうまくやっていた」
服装や騎士科への選択も父親への反抗の一環のようだ。
ただそれだと贈り物を固辞したり、ルルシェを避ける理由には繋がらない。
「……本当は俺になにか、別のことが言いたかったのではないかと思う」
「それは……」
「バルドラが来たのはこの頃だ」
「!」
ふたりの名誉の為に、と語ってくれたが……不貞があったというのは勿論事実ではなく、バルドラもきちんとそれなりの距離で接していたようだ。
「だが彼はスマートで洗練されていた。 ふたりきりではないにせよ接する機会は多かったし、惹かれても仕方ない」
ヒューゴー様がルルシェの気持ちを知ったのは、この場面よりずっと後の、バルドラ本人に諸々の相談を受けてから。勿論、メインは別の話だが。
ヒューゴー様とルルシェは仲良くしていたが、互いに恋愛感情はなく……しかも当時ヒューゴー様は、学園生活が(主に王太子様に目をかけられたせいで)なにかと大変だったそう。
相談を機に、気にしてルルシェを見るようになるまで全く気付かなかったらしい。
「ルルシェもきちんと婚約者らしくしていたし、忙しいとはいえ、俺だって誠意を持って接していたつもりだった。 想う気持ちを止めることはできないが……正直、知った時は傷ついたよ。 互いに恋心はなくとも、自尊心はある」
「…………」
「だが──実はバルドラは5つ程上。 既に成人していたんだ」
「えっ? ……エ──────?!」
そりゃ洗練もされてるよね?!!
ヒューゴー様もそれを聞いて驚きと共になんとなく「……じゃ、仕方ないかな」と素直に受け入れてしまったらしい。
「俺は鈍感かもしれんが……ルルシェはそんなに器用じゃない。 この場面の時点では、彼女自身まだ自分の気持ちに気付いてなかったのでは、と思う。 出会ったばかりだし」
「……先にテスラの方が、姉の気持ちに気付いてたっていうこと?」
「ああ、だとしたらテスラの変化とも符合する。 早いうちに俺の耳に入れておくべきか、黙っているかで悩んだのではないだろうか」
「──レナってば……」
(……ヒューゴー様の気持ちには気付かないのに)
あれか、もともと優しかったからか?
つーか婚約者には好きな人ができちゃうし……
なんかこう……ヒューゴー様、不憫。
そう思うと、つい生暖かい目で見てしまう私。
「……なんだ?」
「いえなんでも」
そんな不憫なヒューゴー様の為にも、早くレナを起こさないといけない……と改めて決意する。
補足的情報を私に与えながらも、ヒューゴー様はなにかを確認するようにじっとレナを見つめていた。
──そうこうしてる間に決闘の場面。
「……そういえばヒューゴー様、なんであんな酷いこと言ったんです?」
「なんの話だ?」
「決闘後ですよ」
「ああ……まあ、レイをよく見ていろ」
決闘は長剣の模擬刀を使用して行われた。学園の備品である。ちなみにここでいう長剣は両手剣を指す。
長剣での剣技は、騎士科騎士コースに入りたてである一年生の必修科目だ。
騎士コースでは魔力を使わないので、まずこれが使えなければ話にならない。学年が上がれば体格や得手不得手に応じた武器に変えられるが、基本としてこれに合格しないと進級できないらしい。
両手剣は性質上、対一の場合、斬撃がメインの攻撃になる。
そこに至るまでの攻防では常に刃を交わす必要があり、体格の小さいレイには体力的に不利。──だが
「……上手くない?」
ステップと小柄さを上手く活用し、刃を交わす回数を最小限に抑えながら距離を詰め、機を窺っている。
(でも……おかしい)
対一だが、これはどちらかというと対複数戦闘時の戦い方だ。一撃の攻撃力に自信がないにしても……そうは見えないが無駄が多すぎる。
格上との命賭けの戦いならともかく、これは決闘。
そしてここでいう決闘は、昔の形式に則った命賭けのものではない。
互いと周囲が勝敗に納得する状況を作ればいいのだから。
「もしかして……」
「そうだ。 レイは上手く敗けるタイミングを測っていた」
──そして、レイは上手く敗けた。
「確かに決闘を利用し、退学に追い込んだようにも見えるだろうが……それより前に俺はレイに退学を勧め、彼女はそれを了承していた」
「えっ?!」
「でなければ決闘なんて受けると思うか? 『馬鹿馬鹿しい』で終わるさ」
確かにレナならそう言いそうだ。
勝敗は関係なく、退学は決まっていたらしい。
相手もレイを馬鹿にしていた輩なんかじゃなく、彼女の実力を認めていたからこそ……ヒューゴー様からレイが退学すると聞いて、決闘を申し込んだのだそう。
「……あれは騎士なりの餞だった」
ヒューゴー様の視線の先──
「レイ、騎士ごっこは終わりだ。 君は弱い」
記憶のヒューゴー様は冷たい瞳をレイに向けて言った。……怒っていたのだ。
そこで初めてレナは、ほんの僅かに傷ついた表情を見せる。
それを見ながら私達は、風景が闇に吸い込まれると共に場面を移動する。
レナの気持ちは私には理解できなかったが、ヒューゴー様はこう告げた。
「コリアンヌ……これはレナの『後悔の記憶』なのではないか? ──選択をせずに諦めたことへの」




