合流
「うぐぅ……なにをしたらいいかわからないよぉ~」
ミッションが最初に入ったレナのみに課されているのだとしたら、やれることはほぼない……
そんな、無力感に苛まれながらの、三巡目。
「……コリアンヌ?」
「はァァッ!!」
この、腹式呼吸であれ胸式呼吸であれ逞しい筋肉のおかげかよく通りほどよい威圧感と威厳を感じさせるバリトン・ヴォイスはッ……!!
「──ヒューゴー様ァァァ!!」
そう、我等がヒーロー☆素敵な筋肉こと、ヒューゴー様である。
現実の時間がどれくらい経っているのかはわからないが、私が来てからは三巡目が始まったばかり。
地下10階層からここまで来るの、多分滅茶苦茶早かったんじゃないだろうか。しかもほぼ無傷。
……改めて考えると化け物だな、この人。
「ここは……? あれは昔のレナ? これは……どういうことだ?」
困惑を隠そうとせず、頭上に『?』の幻がいっぱい浮かぶヒューゴー様に、今までの事象とその考察を述べる。なるべく口を挟ませないようさくさくと、簡潔に。
私からもヒューゴー様に関わっている状況の説明など聞きたいことはある。ある程度私の認識を理解して頂いた後で、互いに質問した方が合理的だ。
それに──
「……うわっ?!」
そう、空間グチャ~がやってくるから。どうしても会話は中断せざるを得ない。
それでもなんとかかんとか説明を終える。
「…………『ここはレナの脳内世界』だというわけだな?」
「ええ、推測ですけど」
ループし特定の場面を繰り返すこと。
階層ミッションは『辛い記憶』からの脱却だと思うが、干渉が難しいから結局全部レナ次第のようであることなど。
それと場面の概要を、全て説明した。
階層ミッションについては、私も推測が正しいとは思っていない。他に思いつかなかっただけである。
それに場面の状況も、私では見ていてもわからないことだらけだった。
「コリアンヌがいてくれて助かった」
「──ッ私こそ!」
正直このまま何巡もしていたら心が折れそうだったので、早く来てくれて嬉しい。
「ヒューゴー様が化け物で良かった!!」
「なんかそれ酷くないか」
ヒューゴー様の言葉に泣きそうになったが、まだ終わった訳では無いので堪える。そう、なにも終わっていない。むしろ……
俺達の戦いはこれからだ!
……打ち切り最終回っぽい!!
「ヒューゴー様はどう思われますか?」
「ふむ…………そうだな。 まず、レナが行動を過去と変えるといいのでは、という点には同意する。 ただ場面は『辛い記憶』というだけではないと思う。 それならば確執のあった父親や亡くなった母親が出てくる場面もあるのではないだろうか」
「!」
ヒューゴー様の言う通りだ。
見た印象だけで判断してしまったが『辛い記憶』として選出する記憶としては、確かに弱い気がする。
「なにか限定された条件があるのだろう。 共通点を探そう」
ヒューゴー様は「まず俺が話してみる」と仰る。
「コリアンヌはこの時まだ生まれていないから、当然知らない女の子だが、俺は違う。 少なくとも『ヒューゴー・ハンコックの親戚』には見える筈だ」
確かになにも知らない他人にどうこう言われるより、事情を知っていそうな親族と思しき人間に促された方が説得力がある。
もしかしたら行動を変えるかもしれない。
相談をしている間に三巡目も終盤。
狙いは『ヒューゴー様が戦地に赴いた時』。
支援部隊としてウチの商会は物資を運ぶことになっており、レナもその準備に駆り出されていた。
荷を運ぶのは途中まで。途中からは後方の部隊の騎士達がそれらを引き継ぐのだが、その中には婚約者や家族から預かった手紙やお守り等も入っている。
「レナも知り合いがもしいるなら、手紙とか預かるよ」
荷積みが粗方終わる頃、レナを労いつつ父は「ヒューゴー卿の部隊もそろそろ戦地に着く頃だなぁ」と白々しく口にした後でそう続け、一旦自らの身支度の為、その場を離れた。
父が消えた合間が、干渉のチャンス。
当時まだ成人したばかりのヒューゴー様だが、先鋒隊二部という秘密部隊長を拝命していた。それぞれが単騎で隣国に赴き、合流、隣国側南部の補給の要であるイシルド峠を爆破。戦況を見極めて撤退、或いはそのまま本戦に乱入……という手筈だった為、実際は既に本国を離れてから大分経っていたそうだ。
父はそれを知っていたという。
気を利かせたのかと思っていたが、父はレナの為と言うより、ヒューゴー様の為になにかしたかったのかもしれない。
「──お嬢さん」
「!」
レナは、突然現れたヒューゴー様によく似たオッサンに身を固くするも、すぐにカーテシーをとり恭しく尋ねた。
「旦那様でしたら部屋に戻っております。 ……裏から入られますか?」
通常客人なら表に通すところだが、場所は荷を積んでいた邸宅倉庫の少し離れたところ。
こんなところで、しかも自分に話し掛けてきたヒューゴー様によく似たオッサン……多分、侯爵家からの内密な話と見たのだろう。
そんなレナに、ヒューゴー様はにこやかに言う。
「いや、ここで待つよ。 その間、少し話相手になってくれないか?」
「……私で宜しければ」
──……いい会話の始め方だ!
──なかなかやりますね……!
──ああ、流石『鍛えても貴族』というやつか……!!
ヒロシとデカ長がヒューゴー様を褒めるも、デカ長の言葉にはさり気なく『脳筋』という揶揄が込められている。
脳内刑事等である筈の彼等だが、無意識の住人の割にこの自由度の高さはなんだ。
名前がついたからスキルアップしたのかな?
レナの姿に目を細めながら、ヒューゴー様は「懐かしいな」と呟いた。
「え?」
「いや、君が昔の知り合いによく似ていてね。 大事な人だった」
「そうですか……それは光栄です」
「昔の話だがね……なにも伝えられないまま戦地に行くことになってしまった」
(おお~!! )
『鍛えても貴族』ヒューゴー様は、本当に上手い。思わず自身のコンタクトの仕方に反省してしまうほど。
……うん、強引暴露で強制排除とか、なかなか酷いね!
「……お戻りになってからは」
「今も伝えられずにいる。 色々考えすぎてしまって……だが」
ヒューゴー様はレナの方を見ようとはせず、ただ淡々と語るだけ。
「次会えたら……一番大切なことを一つだけ、伝えるつもりだ」
(た……尊────!!!!)
いつも血を吐く私だが、気を抜くと出そうになるのは血ではなく涙。涙がちょちょぎれそう。
でもそれは本番にとっておく。(※告白を見届ける予定)
「一番大事なことを、ひとつだけ……」
ヒューゴー様を眺め話を聞いていたレナだが、俯いてそう呟く。これは、なかなか響いている様子。
顔を上げ再び俯いたレナに気付き、ヒューゴー様が発言を促すように微笑むと、躊躇い気味にレナは口を開いた。
「もし気持ちが届かなかったら……或いは誤解されてしまったら?」
「!」
「もし……もしも、戻られなかったら、それだけで終わってしまいます」
レナの言葉は後半早口気味で、僅かに震えていた。
ヒューゴー様の死を想像したのだろうか。
それを見たヒューゴー様の瞳が一瞬、揺れる。
「……そうかもしれないね。 でも、きっとそれはいつだってそうなんだと気付いたんだ。 相手を想えば傷付けることも、自分が傷付くことも怖い」
「…………」
「どういう選択をしても、後悔する時はする」
レナは過去、なにも伝えなかった。
もしもヒューゴー様が亡くなっていたら、レナはきっとなにも伝えなかったことを後悔したと思う。
そして伝えても、やはり後悔した筈だ。
「正解はわからない。 だから、自分の最善に従うだけだ。 いつだって、きっとそれが正解に近い」
「近いだけだがね」と言ってヒューゴー様は自嘲とも苦笑ともとれるような微妙な表情で笑った。
「──もし君が戦地の知り合いになにか……渡すもの……いや、伝える言葉でもあるなら」
その申し出にレナは瞑目し、暫くしてからゆっくりと首を横に振った。
結局レナは、ヒューゴー様にも父にもなにも言うことはなく、私達は四巡目を迎える。
──しかし、変化は起こっていたのだ。




