拗れてしまった
悩んでいても、身悶えていても、同様に時は進む。
「レディ・リヴォニア。 イーサン・シュヴァリエ卿から連絡を承りました」
「──! ありがとうございますっ」
イーサンと繋いで貰ったが、私は場所の確認だけすると『待ってて』と言ってすぐ通話を切った。
場所はハンコック領第五分社だそう。
とりあえず戻ることにする。
あまりにこの場で話せない内容ばかりだし。
──だが、私を待っていたイーサンの話の方が、更に『この場で話せない内容』だったようだ。
侯爵家からお借りして馬車を呼んだ、とだけ言い続きを話さない。気まずそうに俯いて、口を開いた。
「先に言っておく……割と言いづらい」
「あ、ヒューゴー様がレナのこと好きってこと?」
「なんか……平気そうだな?」
「ん~……割と」
ヒューゴー様のことは好きだ。
ドキドキしたし、これが恋だと思った。
──でも何故か、あまり傷付いてはいなかった。
「どうしてだろう、それよりヒューゴー様の気持ちが切な過ぎてバグったのかな? ドキドキしないけど、考えるとギュンギュンするわ……」
「バグ? なんだそれ。 まあ平気ならいいが……呼ぼうか迷ってたけど、さっさと呼べば良かったな」
「えっ、レナは見つかったの?!」
「見つからないから、わかった。 多分、賢者様のところだと思う。 そう踏んで、ヒューゴー様は出掛けた」
「……なるほど」
灯台もと暗し。
確かにハンコック領でヒューゴー様が総力を上げて探しても見つからないなら、賢者様のところしかない。
賢者様……リア充嫌いだしな。
……ヒューゴー様、無事辿り着けんのかな?
私達も森へ向かうことにし、その道中の馬車の中でイーサンにヒューゴー様からなにを聞いたのかを尋ねた。
わざわざ借りた侯爵家の馬車は、防音仕様らしい。
一応未婚の男女なので、代わりにカーテンをガッツリ開けてある。
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【イーサンの話】※イーサン視点でお送りします。
俺は馬車を帰し、神殿からハンコック領の神殿に直接行く事にした。その方が速い。
その後自警団に行くと表向きは変わらなかったが……自警団の数人にだけは『侍女殿を個人的理由から探しているから、見掛けたら秘密裏に伝えて欲しい』と、ヒューゴー卿から言われているとのこと。
彼等も口が軽い訳ではない。
俺が教えて貰えたのは、ひとえにヒューゴー卿への信頼が買われたからだろう。(ドヤァ)
卿は真面目な方だ。公私混同をなるべくしたくなかったに違いない。自警団にはいらっしゃらないので、屋敷の方に向かった。
ヒューゴー卿は連絡待ちをしなければならない身だ。どこへ行くにしても拠点を置く必要があり、自警団でないなら屋敷に戻ってくる。
ヒューゴー卿はいなかったので待たせて貰うことにした。
どこに行ったかは案の定屋敷の者が知っていた。
卿が赴かれたのは南西部の港街、ドゥルジ。
ルルシェ・モンドワールの墓のある場所だ。
モンドワール子爵はこの地に、邸宅を持っていた。
隣国とやりとりをするのに、うってつけだったのだろう。
戻られた卿にその事を指摘し、彼女と侍女殿との関係を尋ねると、やはり妹だという。
何故俺の姉がそれを知らなかったのか不思議に思い聞いてみると、侍女殿は学園では普段『レイ』と名乗り、男装して騎士科にいたからだそうだ。
『レイ』と名乗るのが高いプライドからならば、家名や繋がりをひけらかしたりはしない。
『レイ』は男装の麗人としてそれなりに有名だったようだが、騎士科には平民も多い。家名を名乗らなくても、あまり気にされなかったのだろう。
それに『レイ』は退学になっている。
……ああ、聞いたのか。なら話は早いな。
退学の話を聞いて婚約破棄と同じ意図だと感じた俺は、推測が正しかったと思い、卿に考えを告げた。
その上で、こう言ったんだ。
「もし俺の推測が正しいのなら、おふたりを守ったのはヒューゴー卿ではありませんか。 不幸にもルルシェ嬢は亡くなってしまわれましたが、それは……」
「違う」
『貴方のせいではない』──そう言い切る前に、卿は否定した。
だから俺はそれが、ルルシェ嬢の死への後悔からだと思った。だが──
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そこまで言って、イーサンは、防音なのに更に声を潜めた。
「『ルルシェは生きている』……卿はそう仰った」
「!?」
『生きている』?
……『生きていた』、じゃなくて?
先が気になるが……森に着いてしまった。
少し中まで入った後、歩きながら話を続けることにした。
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その時、それ以上は答えてくれなかったが「では何故お墓に?」と聞くと「確認をしに」と。
「墓はとても寂れていた。 何年も放置されていたのだろう。 レナがルルシェを『死んでいる』ものと思っていれば、あそこまで寂れはしない。 ……彼女はここにルルシェがいないことを、既に知っていたんだ」
そう言って、卿は頭を抱えた。
「何故今まで確かめようとしなかったのか」と小さく呟きながら。
「『生きている』、のですか?」
「……イーサン卿、君を信頼している。 だから言えることだ」
「御心には添えるつもりです」
「──死んだ。 ルルシェも、妹『テスラ』も。 ……だが『生きている』」
どうやってかわからないが、逃がしたのだろう。別人として、ルルシェは生きているのだ。
「……なら」
「殺したことになっている。 この俺自身が、だ。 ……テスラとルルシェの仲は良かった。 ──なにをどう、確かめたらいい? 俺は彼女にとって家を潰し、姉を虐げ、屠った男だ。 それに彼女はもうレナとして生きている。 蒸し返すのは正しいことか? 俺にはわからない」
卿は早口で吐き捨てる様に言った。
どうしてそうなるのかがわからなかったが、順を追って話を聞いて、漸く理解することができた。
ルルシェは侍女殿が消えたことで、彼女の身代わりに『テスラ』として隣国に嫁がされた。
それを救ったのは、ヒューゴー卿じゃない。
──バルドラ・トロイアだ。
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